3、あどけない
「えっ!?マジで!?」

私はよっちゃん(本名:田中好美)が言った言葉に目をまん丸くして素っ頓狂な声を上げざるを得なかった。

よっちゃんは「マジマジ」と体に制汗剤を振りかけながら言う。汗と制汗剤の匂いが入り混じっていて何とも言えない匂いが更衣室を充満している。

「よっしゃあ!久しぶりの黄瀬くんの試合!!」

私はスカートしかきちんと履いておらず、上半身はブラジャーだけ状態でガッツポーズをして喜んだ。よっちゃんはそんな私に呆れ果てた眼差しを送っている。

よっちゃんの情報だと、今週男バスは誠凛と練習試合をするらしい。黄瀬くんは間違いなくスタメンだろう。男バスの練習風景とランニングの時、いつもちらりと覗くのだが、黄瀬くんはあの猛者だらけの中でも飛び切りすごかった。輝いていた。流石黄瀬くん、そこに痺れる憧れるゥ!

「よーし!こうしちゃいられない!」

私はシャツに腕を通し、さっさとボタンを留めていく。ああネクタイ面倒くさい!入学して何日も経つが私はいまだにネクタイを上手にはやく結べない。

「ええい!これでいいや!お疲れっしたー!!」

私は大声で先輩、同級生に挨拶をするとネクタイも結ばず、髪の毛もボサボサのまま、更衣室を飛び出していった。

「汗くっさいまま飛び出しやがって…」

女子高生にもなって。まったく。よっちゃんは、はあっと大きなため息をついていたそうな。




男バス専用の体育館に行くと、きっ黄瀬は今帰った所だぞっと笠松先輩が裏返った声で教えてくれた。今帰ったところなら、まだ校門にいるんじゃないかと思い、校門に向かって走る。予想通り、校門付近で夕日に照らされてきらきら輝いている金髪が校門付近にいた。

「黄っ瀬くううううん!!」

と、雄叫びのように大声を上げて名前を呼びながら、黄瀬くんの元へ怒涛の勢いで走る。ゆっくりと振り向いた黄瀬くんは私を見るなりぎょっと引きつった顔になった。

「おっ、お疲れさっ、ま…はあ、はあ…ぜえぜえ…」

部活後のダッシュは流石の私にもきつくて、息切れが止まらない。黄瀬くんがスッゲエ顔だった…と呟いていたのだが、それは私の耳には届かなかった。

息切れも少し収まったところで、私はようやく本題に入った。

「男バス、今週末誠凛と試合するんだよね!?」

前のめりになって質問する私に黄瀬くんは少々圧倒されて、「そうッスけど…」とぎこちなく返答する。しかし私の心は黄瀬くんのテンションとは反対にパアッと明るくなった。

「うっわー!黄瀬くん!私、観に行くね!!うっひゃー!やったー!」

バンザーイと両手を上げて歓喜する私を、黄瀬くんは目を細めて、冷たい目で見下ろして、言った。

「なんで、そんな喜んでるんスか?」

…ホワッツ?

なんでって…、なんでって…。

質問の意味がよくわからず、首を傾げる私に黄瀬くんは苛立った口調でさらに言葉を重ねてきた。

「俺、前アンタに結構冷たいこと言ったつもりだったんだけど。わかんなかった?あれからも変わらず俺に挨拶とかしてくるし。なに?媚びでも売ってんスか?」

せせら笑うような口調。口角は上がっているが、目は笑っていない。馬鹿じゃねえの。前あれだけのこと言われた相手に、へらへら笑って近づいてくるなんて。黄瀬くんの瞳はそう物語っている。

理由はわからないけど、私は黄瀬くんに、嫌われている、みたいだ。


えーと。これは、うん、かなり。

…きっついなあ。


憧れの人から嫌われたことは、神経が図太い私の心臓にも流石に大打撃を与えた。
知らない間に、私は嫌なことをしでかしたのだろうか。

…私ってガサツだからなあ。

こんなことになるんだったら、よっちゃんの小言にもっと耳を傾ければよかった。と、今更な後悔をする。


でも、後悔するのは一瞬。


良くも悪くも私は、前しか見ていない。


悲しい気持ちよりも先に、私は。

「黄瀬くん。私が黄瀬くんに挨拶するのは君に憧れているからだよ」

誤解を解きたかった。

黄瀬くんをヨイショするために挨拶しているんじゃない。好かれたいから挨拶したいんじゃない。好きだからだ。憧れているから、尊敬しているから見かけたら挨拶をしてしまう。

媚びとかそんな感情と、この敬愛心を同じにしないでほしい。

それだけは、嫌われることよりも、いやだ。

黄瀬くんはうっとうしそうに目にかかった前髪を払いのけて、怠そうに言った。

「なんでアンタ、そんな俺に執着してんの?」

黄瀬くんの問いかけに私は思わずきょとんとしてしまった。
まるで1+1は何になるでしょう。と訊かれているみたい。

なんでって、そんなの。

「黄瀬くんのバスケが好きだからに決まっているじゃん」

答えの知っているなぞなぞに答えるように、私はあっけらかんと言い切った。

「そんじゃあね!」

くるりと身を翻し、込みあげてくる暗い気もちを振り切るようにして、タッタカタッタカと足取りを軽くして、その場をあとにした私の背中を、驚きを宿した黄色の二つの眼差しが向けられていたことを、私は知らない。



あどけないほころび

君が私を嫌いでも、
私は、君と、君のバスケが大好きだよ。



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