14、16beatで
お見舞いにハイチュウは変らしい。よっちゃんに『バカなの?あ、バカか』と言われて、私は、ハイチュウは見舞いの品に似つかわしくないということを知った。なんせ最後にお見舞いに行ったのは父さんの痔の手術だから、見舞いになにがいいかわかんなくね?とつまらない言い訳をしかけて、自分の非を認めたがらないことに嫌悪を抱き、よっちゃん、私を殴ってくれ!と言ったら『…は?』と心底蔑んだ声色で一言、呟かれた。

黄瀬くんが倒れたんだってー!と、ポニーテールを揺らしながら中野さんが言った一言で体育館は一気に騒然とした。えー、やだー!黄瀬くんが倒れるなんてー!と阿鼻叫喚があちこちで起こった。ちょうどその時は休暇中だったこともあり、みんな競い合うようにして男バスが使用している体育館へ一目散に駆けていった。

私はというと。

頭が真っ白になって、その場で立ちすくむことしかできなかった。情けないことに。

黄瀬くんは頑張り屋だから。また無理をしたのじゃないか。青峰くんとの試合で負担がかかった足をフル活用して、練習に励んで、無理をして、それで倒れたのじゃないか。

頭の中でぐるぐると言葉が廻っていると、後頭部に衝撃が走った。

「いって!」

「ひろ行くよ」

「へ?」

「そんな血の気が引いた顔で練習してもあんた身には入んないでしょ。黄瀬くんがどんな状態なのか確かめに行くよ」

あー、めんどくさ。よっちゃんはぶつぶつ呟きながら私の首根っこを掴んで私をずるずる引っ張っていく。

よっちゃんはいつもこうやって私の背中を押してくれる。








「ボールが頭にぶつかって脳震盪だと思ったんだけど…最初は気絶してたんだけど…その、今は普通に寝てる、というか」

男バスのスタメン、小堀先輩がハハハと困ったように笑いながら私たちに説明をしてくれた。私とよっちゃんは他の子より一足遅かったおかけで、黄瀬くんは大丈夫なんですかラッシュにあわなかったらしい。黄瀬くんは大丈夫なんですかラッシュは凄まじかったようで、質問攻めにあったと思われる笠松先輩が隅っこでハーッと溜息をついて、お疲れのようだ。

小堀先輩の話を聞いてよっちゃんはなんて人騒がせな…と今にも唾を吐きそうだ。私は、ほっと胸を撫で下ろした。先ほどまで何かで締めつけられているのではないかと思うくらい苦しかった心臓が一気に緩くなった。

そっかあ。寝てるのか。…よかったあ…。

ドアに視線を走らせる。この中で、黄瀬くんが今寝ているのかと思うと、また胸が少し締めつけられた気がした。

どんな寝顔なんだろ、黄瀬くん。

…って私は何を考えているッッ!!

自分の変態染みた想像に自分で自分に引いて、頭を抱えた。

「だ、大丈夫?頭痛いの?」

「大丈夫です!ありがとうございます!…あ!名前言ってない!私、女バスの一年の林野ひろ、っていいます!」

「田中好美です。教えてくださってありがとうございました。んじゃ、帰ろ」

よっちゃんが私に続いてぺこりと頭を下げ、私に顔を向けてそう言う。

「…よっちゃん、もちっと待ってくんない?」

よっちゃんは怪訝そうに顔をしかめた。なにかないかな、なにかないかなとポケットに手を突っ込んだ。心当りはある。突っ込んだ先に、予想通りの物が手に当たった。よかった、入れっぱなしにしておいて。ずぼらな自分の性格に今だけ感謝をする。

「小堀先輩、これ、黄瀬くんに渡してくれませんか?」

私は包み紙が開けられ、半分ほどなくなったハイチュウぶどう味を小堀先輩に差し出した。小堀先輩は「え、ああ…分かった」と目を丸くして受け取る。

「それから、覚えてたらでいいんで、黄瀬くんに伝言伝えてくれませんか?」

この言葉はもしかしたら重荷かもしれない。もっと良い言葉があるかもしれない。無理をしないでとか、そういう気遣いの言葉の方が正解なのかもしれない。けど、私は馬鹿だから、自分が黄瀬くんに言いたい言葉しか思い浮かばない。だから、黄瀬くんに、この言葉を言おう。

「頑張れ、って」

一緒に頑張ろって黄瀬くんが、言ってくれたあの時、私はとても救われたから。君が私を救ってくれた言葉を、今度は私が君にあげたい。

頑張れ、黄瀬くん。私も、頑張るから。

自分よりも四十センチ以上高い位置にある小堀先輩の顔を見て、しっかりと一字一字を発音して言う。小堀先輩は、少ししてからふっと笑って「分かった」と答えてくれた。

そして、女バスが使っている体育館に戻っていく途中、私はよっちゃんに言われた。

「見舞いにハイチュウっておかしくない?しかも、食べかけのやつって」

と。












まァ、過ぎたことはしょうがないよね。

私は自販機のボタンをピッと押しながら、そう思った。

最近はうじうじしがちだったけど、基本過ぎたことは後悔しない。後悔する暇があったら次に向けて頑張る!というのが私のスタンスだ。ガゴンと、缶が落ちる音がして、腰を丸めて取る。

先輩のジュース飲みたいなーという一言が発端だった。体育会系は下が上を立ててナンボという世界である。つまり一年買いに行ってという無言の圧力。皆疲れていてしんどそうだったし、私はまだ体力が残っていたのでランニングをしたくて、行きます!と先輩に言ったら、先輩はにっこり笑って「流石林野ー、ありがとー!あのね、私今ネクターが飲みたくてさ、でもネクターここから百メートル先の自販機にしかないんだけどー」と私に言った。百メートル先か…ランニングには物足りないな…と思ったけど、少しでも走りたい私は「オッス!了解しました!」と敬礼する私の後ろでよっちゃんが「パシリにされているのにそんな意気揚々と…この脳筋女…」と呆れたようにつぶやいていたのを私は知らない。


ネクター三本、あと、カルピス二本とー。

メモを見ながらピッピッとボタンを押していく

ガゴン、ガゴン、ガゴン。

缶が落ちていく。それを先輩に貸してもらった布製の鞄にぽいぽいと入れていく。

すると、背後に人が立った気配がした。

ここを使うのかな?あともうちょっとで終わるんだよなァ…すみません、もうちょっと待ってくれます?と言おうとして振り向いた。

「すみませ―――、」

別にそんなに会ってなかった訳じゃないけど、何か月も会ってないみたいな気持ちを覚えた。

「久しぶり、林野さん」

黄瀬くんが手を上げて、私ににこっと笑いかけた。

私は黄瀬くんに、黄瀬くんの前で泣き喚いた日から会ってない。それからすぐに合宿で、そのまま。あああああ思い出すだけで恥ずかしい、おんおん泣いたよ黄瀬くんの前で、ダサ!かっこわる!今思い出しても恥ずかしくてのた打ち回りそう。

私はかっこつけたがる癖がある。弱さを見せたくない、かっこいいところを人に見せたい。自分の見栄でかっこつけときながら、その見栄が時々私を苦しめた。そんな私に黄瀬くんは、言ってくれた。

もっとかっこ悪くなってしまえって。

あの時の黄瀬くんの額の温度とか、てのひらの感覚とかを思い出して、自分の失態への羞恥から来る熱とはまた違う熱が込み上げてくる。

「ひ、久しぶりだね、黄瀬くん!」

その熱を隠すようにして、私は声を上げて、黄瀬くんに挨拶を返す。

「飲み物買いに来たら、林野さんがいて、びっくりしたッスよ。久しぶりって言っても、全然久しぶりじゃないんスよねー」

「そうなんだよね、私も同じこと思っていた!ここ最近は毎日黄瀬くんにバスケを付き合ってもらっていたからなー」

ははっと他愛無い談笑のはずなのに、なぜか心臓が早鐘を打っている。久しぶりに黄瀬くんに会ったからなのか。なんなんだろうか。ああ、もうなんでもいい。ちょっと心臓うるさい、黙れ。

黄瀬くんは、私と違ってすっごく普通なんだから。

「それ、すっげえ大量の飲み物ッスね?先輩にパシられたんスか?」

「うーん、パシり半分、修行半分!」

「修行?」

「うん!ちょうどランニングしたいなーって思っていたところに先輩がジュース飲みたいなーって言っていたから、こりゃちょうどいいや、って思って!だからパシリ兼修行!」

「なんすか、それ」

黄瀬くんが、ふにゃりと破顔した。その顔を見て、更に早くなる鼓動。

落ち着け、落ち着け、心臓、落ち着け。頼むから。

私はTシャツの胸元の部分を、ぎゅうっと握った。

「あのさ、林野さん」

「ん!?なにかな!?」

「そ、そんな食いつかなくても。すげえ勢いだったスよ今の」

「ごめんね!今ちょっとね!なんかね!ハッハハー!」

「なんかいつもに増しておかしいッスね…。あのさ、時間とれない?」

へ。

黄瀬くんは私から目を逸らして、ぽりぽりと頬を掻いた。

「ちょっと、喋んないッスか。久々に」

言われた言葉の内容を理解すると、私はすぐに、

「うん!!」

と辺り一辺に響き渡るような声で叫ぶようにして頷いた。

「ちょっと待ってね!これ、先輩達に届けてくるから!!」

「あ、じゃあ俺も持―――、」

私は黄瀬くんの話を最後まで聞かず、怒涛の勢いで民宿に戻って行った。相変わらずッスねェ…と黄瀬くんの呆れたような笑い声がしたような、しなかったような。



心の底に隠していたけど、本当は姿が見たかった。声が聞きたかった。なんでもいいから、話をしたかった。

それだけで、髪の毛を振り乱して、こんな馬鹿みたいに爆走しているなんて、なんというお笑い種なのだろう。



「お、また…せ…!!」

はあはあと肩で息をしている私を見て、黄瀬くんはすげェ髪の毛ッスねと笑ってから、ボサボサの髪の毛を抑えるように撫でつけた。

…マジで理科の先生は嘘を教えたんじゃないかな。

髪の毛、感覚あるよ、ちゃんと、すっげえ。

私と黄瀬くんは自販機の近くのベンチに腰を掛けた。缶ジュースを開けながら、黄瀬くんが私に訊く。

「練習どうッスか?」

「楽しいよー!すっげー遣り甲斐あるし!吐きかけたけど!」

「吐きかけるほどの練習を楽しいと言えるって…」

「あ、その目!よっちゃんにもそんな目をされた!Mなの?って言われた!」

「…確かに、林野さんはある意味Mかもしんないッスねー」

「マジで?私自分のことずっとSだと思っていた!」

「どこが。何をどうしたらSになるんスか」

久しぶりにする他愛もないやり取りが、楽しくて、嬉しかった。前からそうだったけど、前とは“嬉しい”の種類が少し違う気がする。前の“嬉しい”はスーパーヒーローと喋れて嬉しい、そんな感じだった。もちろん今も黄瀬くんは私にとってスーパーヒーローだけど、だけど。

スーパーヒーローだけじゃなくて、なんか、もうひとつある。

なんかってのが何かなのかは全然わからないんだけど。

「昨日ミミズが出てさー、みんな発狂しちゃって。ミミズ可愛いのにねー」

「!? それ本気で言ってるんスか…!?」

「え?ミミズ可愛くない?」

「…おかしい!林野さんおかしい!すっげー変!マジで変!ミミズほどキモい存在ないッスよ!」

「えー!黄瀬くんミミズ嫌いなの?」

「嫌いッスよ!!!あのうにょうにょした感じとか、あああああ」

黄瀬くんは自分の体を抱え込むように両手を交差させて、ぶるると震える。

「へー…。黄瀬くんミミズ嫌いなのかー…」

私はそうつぶやきながら、とある考えに行きついた。

私って、実は黄瀬くんのことをほとんど知らないんじゃ…。

誕生日は部活の子の話から聞いた。今度の試合の日黄瀬くんの誕生日と被っちゃったよー、最悪ー、プレゼント誕生日に渡したかったーと残念がっていたのを小耳に挟んで、それで。黄瀬くんのモデルの仕事だって、本当に興味がなかった。あ、黄瀬くんだー。モデルもやっているのって大変だろうなー。黄瀬くんが表紙の雑誌を見ても、それで終了。
内面とかは、黄瀬くんのプレイをずっと見ていたら、同じチームメイトでもキセキの世代と黒子くん、それ以外に対する対応が遠目からでも全然違ったから一応、知っていた…と言っていいのだろうか。時々一緒に観戦してくれたよっちゃんはそんな黄瀬くんをサイテーと冷ややかな目を送っていたけど、私は、黄瀬くんという名のスーパーヒーローに夢中だったから、スーパーヒーローってのは、仲間以外なかなか信用しないもんなんだよ、よっちゃん!と鼻息荒く語って、よっちゃんに辟易された。

カラオケが好きなのも、よっちゃんからの情報だった。どうしたら黄瀬くんを元気づけられるか、とよっちゃんに相談したら、黄瀬くんってカラオケが好きらしいよー知らないけど。と面倒くさそうに言われて、それで。

私、黄瀬くんのことを、全然知らないんだ。

そう思ったら、一緒に話せて、嬉しかった気持ちが急激にしぼんだ。

でも、悲しむのは一瞬だ。

「黄瀬くん!黄瀬くんのことを教えて!!」

私は話の腰を折って、突然黄瀬くんに質問を浴びせた。黄瀬くんは私の剣幕にぽかーんと口を開けている。

「…はい?」

「なんでもいいんだ!ほら、好きな、好きな…好きな食べ物とか!」

「え、えっと、オニオングラタンスープッス」

「オ、オニオ…!?」

舌がもつれそうな名前の食べ物だな…!好物は何?と訊かれたら、肉!ラーメン!と即答する私とは違うな…!さすが黄瀬くん…!すっげえ…!

「知らねえの?」

「うん!オニオン…にんにくのグラタンのスープってこと?」

「オニオンは玉ねぎッスよ」

「マジで!?そーなんだ!」

素っ頓狂な声を出して、へ〜と頷く私を、黄瀬くんが少しの間じっと見つめてから、少し、視線を下にずらした。膝の上に置いていた手を丸くしてから、黄瀬くんは私に言った。

「今度、食べに行く?」

その、オニオングラタンスープ。

そう付け足した声はボソボソしていて、聞き取りづらかったけど、しっかりと私の耳に届いた。

「…行く!」

少しの間ぼやっとしてから、そう答えると、黄瀬くんの顔が上がって、目と目が合った。

黄瀬くんの切れ長の目が、細くなる。

「美味いとこ連れて行くッスね」

にっと笑って、そう言われて。どくん、と心臓が動いた。


「…黄瀬くんは、やっぱり、すごいなあ」

「すごいって、何が?」

「すごいんだよ、黄瀬くんはいろいろと」


あれだけ黄瀬くんのことを嫌っていた私を、あっという間に尊敬させて。

どんな時も前を向くことを忘れないで。

バスケがつまんない状態になっても、ちゃんと打開してみせて。

バスケをしている姿は、ただただ、誰よりも、かっこよくて。


それにそれに。

黄瀬くんが笑うだけで、私の心臓はものすごく、おかしくなるし。


「黄瀬くんは、すごいんだよ」


噛みしめるように、呟く。

私は黄瀬くんをしっかりと見据えて、それから。自然と口元が綻んでしまった。







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