11、ぐしゃぐしゃ
―――準決勝

とうとうこの日を迎えた。相手は全国屈指の強豪校。私は、すう、はあ、と深呼吸をしてから「よし!」と気合を入れて頬を叩く。

「ひろ、がんばれ」

よっちゃんが真剣な面持ちで、そう私に声をかけてくれる。私はニカッと歯を見せて笑って、「サンキュ!」とお礼を返した。

「林野行くよー!」

「はいッ!」

先輩に促されて、私は先輩の後ろをついていく。

何度足を踏み入れても、このコートは慣れない。大きな体育館の威圧感は凄くて、飲み込まれそうになる。審判が「整列!」と叫び、私達は中央に集まった。前に行こうと足を進めた時、聞こえてしまった。

「ちっちゃ」

ぼそりと呟いた声を、この地獄耳は捕えてしまった。悪意がこもった声ではなかった。ただ、純粋に、思ったことが思わず声に出てしまった、という感じだ。でもその声色には“こんなちっちゃい子が、スタメン?”というもので。

ちっちゃい。

チビ。

小柄。

それでバスケできんの?

これ、私の最大の地雷台詞。

ふうっと小さく息を吐き、聞こえていない振りをした。平常心を取り戻そうともう一度深呼吸をする。落ち着け、落ち着くんだ、私。そう思いつつも、『ちっちゃ』はそう簡単に消えなかった。

『えー、ひろバスケまだやってんの?』

『向いてないって、その身長じゃ』

『黄瀬くんみたいになりたいって…黄瀬くんとあんたは違うじゃん』


中学の時、何回言われただろうか。

スタメンになれて、海常の推薦がとれたら今度は『えー、ちっちゃいのにすごーい!』『運動神経すごいんだねー』『バスケセンスが元からある人っていいよねー』

ああ、もう、うるっさい。


礼をして試合が始まる。すると、先ほど私を無意識のうちに小馬鹿にしていた女の子が、目の前に立ちはだかった。私をマークするようだ。

私はキッと7番を睨んだ。

闘争心が火を噴く。


ジャンプボールは海常のものになった。私の方へボールが飛んでくる。私は7番の前に素早く回った。よし、取れる!と地を思い切り蹴る。

しかし。7番は後ろから素早くボールを奪い取った。しまったと着地した時にはもう既に遅く、7番は走り出していた。

素早さとジャンプ力ぐらいしか取り柄のない私は、負けるかー!!と走る。けど、私が追い付いた時には、7番は既にボールを放っていて。

え、ちょ、…スリー!?

唖然していると、ボールはガゴンと音をたてて、ゴールに入った。

ワァァと湧き上がる歓声。

7番と目が合う。

7番は私から目を逸らして、チームメイトと視線を交わした。

『私にボール持ってきて』

と、言っていることが私にもわかった。

そこからは、相手の独壇場だった。私は高さがない分、相手より早く動かなければならないのに、相手の方がスピードもあって、テクニックもあって。

第一クォーター終了後、29対14という数字がボードに映っていた。

「林野、交代だ」

監督から、どうどうと言い渡される。

「ま…っ、待ってください!私、まだいけます!まだ…っ」

『ちっちゃ』と言ったあの子のあの顔。相手になるの?とでも言いたげな、あの舐め腐った顔。私はあの子にまだリベンジしていない。背が低いから、高さに対抗できないから。そんな理由で出たくない。コートから出たくない。まだ、バスケをしていたい。

だって、教えてもらったんだ。

言葉じゃないけど、わかりやすくなんてなかったけど、体感させてくれた。見せてくれた。

私に勇気をくれた、あのバスケを。

黄瀬くんが、せっかく教えてくれたあのバスケを、コートの中でしたい。

「嫌です!絶対に攻略法を見つけます!だから…っ」

「林野、いい加減にしな!」

後ろから、キャプテンの怒号が飛んだ。

「私情を挟んでもらったら困る!あんたの我が儘で全国いけなくなったらどうすんの!?」

振り向くと、キャプテンは眉を吊り上げて、正論を飛ばす。私はぐっと下唇を噛み、黙った。私が黙るとキャプテンはハァっと重いため息をついた。

「…あんたはよくやったよ。一年で全国の準決勝までスタメンなんてそうそうあるもんじゃない。あとは、うちらに任せな」

キャプテンの汗ばんだ手のひらが、ぽんっと私の頭の上に優しく置かれる。キャプテンの顔は私より二十センチ以上も上の位置にあって。他の人たちも私より断然背が高くて。

もし、私があと二十センチ、ううん、十センチ高かったら。交代させられることなんてなかったんじゃないのかな。

ハッと気が付く。駄目だ、今の、駄目だ。昔の私みたいな、後ろ暗い、うじうじしたねちっこい考え、ナシ、今のナシ。

気が付いたら休憩時間は終わっていて、チームメイトはみんなコートの中に入って試合をしていた。

「ひろ、ほらぼさっとしてないで応援する」

よっちゃんが隣にどさっと座り、私の頭を叩く。

「よっちゃん、私、自分がかっこ悪くて、悔しくて、頭おかしくなりそう」

「あんたが頭おかしいのは元からでしょ」

「鬼畜」

「鬼畜なんて言葉知っていたんだ。へー思ったよりはかしこかったのね、あんた。いいから応援しな」

ぶっきらぼうで毒舌だけど、これがよっちゃんの優しさ。

私はよっちゃんの優しさに十分に救われてきた。

情けなくてダサい私に呆れ果てながらも、いつも傍にいてくれた。

ははっと笑ってから、私も前を向いて、海常ファイオー!と応援を飛ばそうとした時。

吸い寄せられるように、目が捕えてしまった。

綺麗な金髪の髪の毛を。

嘘。

時間が止まったかと思った。

黄瀬くんが、来ていたなんて。

相手に舐められて、何にもいいところなしで、ベンチに下げられて、役立たずのくせに戦力外ということを認めたくなくて、駄々をこねて、先輩に叱られて、そんな、かっこ悪い私のバスケを見られた?

黄瀬くんに、見られた?

羞恥で体が熱を帯び、その次にやってきたものは“恐怖”だった。恐怖が体中を纏い、熱が下がっていく。

どうしよう、幻滅される。

今度こそ。

本当に、本当に。

以前、私がかっこつけたバスケをした時ですら、今みたいな失態はしなかった。ぎりぎり、笑って済ませられるレベルだった。それでも黄瀬くんは、怒った。私に幻滅をしていた。あれ以上の幻滅、となると。

ぞくっと背筋に冷たいものが走る。

私は顔を伏せた。

黄瀬くんがどんな表情をしていたのかはわからない。一瞬しか見ていないからだ。怖かった、どんな顔をして私を見ているのかを知るのか。

黄瀬くんを視界に入れないようにして、応援をする。

口が渇いて仕方なかった。



ぐしゃぐしゃ



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