■ 02:白はきっと答えない

「裕介くん」

 コーラを噴出しかけて慌てて口を押える。何とか噴出さずに済んだものの気管に入ってしまったためゴホゴホと噎せかえる羽目になった。そんなオレを、柔らかなオレンジ色の光に照らされた南条はけらけら笑いながら楽しんでいた。

「可愛いな〜そんな動揺すること〜?」

 ジュースを掻き混ぜるようにしてストローを回すと、からんと氷がぶつかり合う音が涼やかに響いた。白い皿の端にピーマンが避けられている。嫌いなのか、と脳の端でちらりと思いながら「別に、動揺してねえッショ」と、もごもごと籠った声で返すオレの声に説得性は全くなかった。

 部活終わるの待ってる。ごはん一緒に食べに行こ。

 了承したあと、南条は大きな目をぱちりと瞬かせたあとゆるりと目を細めて「じゃあ」と上機嫌に提案してきた。え、ああ、おう、と押され気味に答えるオレを何か言いたげにじいーっと見つめてきたので何だよと問いかけると「巻島くんって可愛いね〜」と、笑ってきた。

「裕介くん、裕介、裕くん、裕ちゃん、私は何でもいいよ?」
「…好きにしろ」
「んじゃあ、ダーリン」
「はっ!?」
「ぶっ、あはははは!呼ぶわけないじゃん!ラムちゃんかよ!ウケる〜!!」

 南条は喉を仰け反らせてげらげら笑いながら、目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭って「マジ、裕介くんって」と息も切れ切れに呟く。そこまで笑うことかよ…と若干不貞腐れながらストローを吸うと、「ごめんごめん」と笑いながら謝られた。

 弄ばれている感、すげえ…。

「やっぱ裕介くんかなあ〜。うーん、気分によって変えるか」
「あっそ…」

 全然興味ないという体で冷静な口振りで話すものの、心臓はどこどこ鳴って今にも胸を突き破りそうだ。可愛い女子に名前呼ばれただけで緊張する自分が情けなくて、気付かれないように小さく溜息を吐いた。

「私のことはめぐみって呼んでね、って言いたいところだけど…」

 南条はオレの顔にちらりと視線を遣ったあと、困ったように眉を寄せながら淡い苦笑を浮かべた。

「無理だね。いいよ、南条のままで」

 カチンコチンに固まったオレを見て、全て悟ったようだ。頬が熱い。オレは女子と全く喋れないというわけではないし必要があれば普通に話せるが、女子の名前をすぐに気軽に呼べるほど手馴れている奴でもなかった。

「そんな頭してるくせに、ウブだね〜」
「…っせえ」
「ふふ、いいじゃん。可愛くて。私は好きだよ」

 にこっと笑いかけられながら甘ったるい声で紡がれた『好き』はダイレクトに胸に響いた。くわくわんと頭の中で反芻する『好きだよ』に多いに揺さぶられているオレに追い打ちをかけるように、南条は桃色に色づいた頬を両手で包み込みながら肘を付いて「ねえ」と上目遣いで訊いてきた。照明に照らされた大きな瞳にじいっと見つめられると心臓がより一層激しく暴れる。いやマジで顔が良いって得ッショ…。

「…なんだよ」

 動悸に気付かない振りして目を逸らしながら答える。

「…なんにもない」

 ふわりと紡がれた優しい声に驚いて、心に一拍の空白が生まれた。視線を再び合わせると、南条はいつも通りの人を食ったような笑みを浮かべていた。幻聴か…?と首を捻ると、蜜のように甘い声で呼ばれた。

「裕介くん」

 どくり、と心臓が跳ねる。ああ顔が良いって以下略。なんだよと平静を装って顔を上げると口に何かを突っ込まれた。


 舌が金属と苦味を覚えた。この独特の苦味、ピーマンだ。もぐもぐと頬張ってごっくんと呑みこむ。あれ、今の、南条が使ってたフォーク…。状況を理解した瞬間、ぼんっと熱が全身を駆け巡って、南条はそんなオレを見て泣きながら笑っている。真っ白の皿には何も残っていなかった。



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