■ 01:求愛あそび

 男子高校生なら一回は盛り上がる話題、『可愛い女子は誰か』。そこにいつも常連として並べられるのが南条めぐみだ。少し冷めていて気だるげな雰囲気を纏っているからか、近寄りがたいところが良いよな、とすこぶる高い評価を有している。絶対的な『可愛さ』の前では女子も服従せざるを得ないようで、一目も二目も置かれているのが女子達の会話から見てとれる。人生イージーモードであろう、南条 めぐみ。そんな女が。何故。

「私と付き合わない?」

 オレの前に立って、大真面目に訊いているのだろう。

 ポッカーンと口を開いて「ハァ…?」と訝しがるような声を上げると「だってさあ」と、南条はあっけらかんと続けた。

「巻島くん、イギリス行っちゃうんでしょ?」
「え」
「職員室で話してたじゃん」

 イギリス留学について担任と話し、職員室を出ようとしたところで、「ねえ」と背後から南条に声をかけられたのだった。オレに何の用があるんだと訝しがる暇も与えず、しれっと告白(?)してきたのだった。あまりにも平然としているから、廊下を行き交う生徒たちの一人として南条の告白に気付かない。きっと傍から見れば、オレ達は事務的な内容を話しているように見えるのだろう。

 ぱちぱちと目を瞬かせながら、滅茶苦茶になった思考回路で状況を整理しているオレとは対照的に南条は落ち着き払っていた。

「巻島くんってさあ」

 こてんと首を傾げると、ふわりと髪の毛が揺れ動いた。

「彼女、いたことないでしょ?」

 大きな目を細めて、にっこりと笑いかけてきた愛くるしい笑顔に図星を貫かれてピシリと固まる。オレの反応に気を良くしたのか「やっぱり〜」と、南条はぱちぱちと小さく拍手しながら楽しそうに笑った。

「イギリス行く前に一回くらい作っときなよ」
「…余計なお世話ッショ」

 熱くなった頬を背けながら、羞恥を抑えてそっけなく答える。欲しいか欲しくねえかつったら欲しいけど、クラスメートに憐れまれるほど落ちぶれていない。それに、最も大きな理由が、オレにはあった。

「…インハイあんだよ。今、そんなんできてもろくに構えねえし」

 じいっとオレを見つめてくるくりくりの瞳と目を合わせることが出来なくて、視線を若干ずらしながら、ぼそぼそと籠った声で呟くようにして話す。遊びに連れて行くこともメールの返事もオレにはできない。めんどくせーし部活で疲れてるし。

「いいよ」
「…は?」

 声の方向に焦点を合わせると、南条はやはりくりくりの丸い目をオレに向けていた。瞬きの度に長い睫毛が震えて綺麗だった。何言ってんだこの女と本気で思っているのに、綺麗なモンは綺麗なままで、見た目が良いって得だと脳の隅っこで場違いなことを思う。南条は瞳の中に呆けて間抜け面のオレを映しながら、初夏の風のように軽い口調で言った。

「私そういうの気にしないよー? てゆーか、私も小まめに連絡とんの嫌だし。前の彼氏束縛ウザいから振ったぐらいだし」

 あははっと軽やかに笑ったあと、悪戯っぽくべっと小さな舌を出した。小悪魔的な仕草にウッと心臓を掴まれる。見た目が良いって得だ。別に恋愛感情を抱いていなくても簡単に他人の心を掌握できる。

「自分で言うのも何だけど、私、可愛いでしょ?」

 南条は首を傾けながら、右手の人差し指を自分に向けて『どう?』と言うように口角を上げた。…すっげー好みのタイプというわけではない。しかし、ドストライクというわけでもないのに、可愛いと思える。つまり南条の可愛さはそれほどまでに凄まじいということだ。短いスカートから伸びる白い脚にごくりと喉が鳴る。

 すると、突然南条がひょこっと覗き込んできた。思わずびくりと震えると南条は満足げに目を細めた。狡猾な笑みを湛えながら、「でしょ?」と口を動かす。否定してやりたいところだが、出来ない。紛れもなく、真実だからだ。

「私と付き合えば、クラス、ううん、学校中の男子から一目置かれるしさ。イギリス行くまで、私で予行演習するつもりで付き合ってみれば?」

 お買い得だよ〜!と、けらけら笑ったあと、南条は手を組んで「ね〜?」と上目遣いで見つめてきた。マジで顔が良い奴って得だ。すっげー可愛い。単純にすっげー可愛い。ここまで言われて断る理由はないが、南条がオレをネタに仲間内で笑い合うのでは、という可能性がまだ残っていた。どうやって探るか、と脳みそを回転させた時だった。見計らったかのように、南条が口を開いた。

「あ、『巻島くん速攻で食いついてきてさ〜ウケる〜童貞おっつ〜』って、友達とのネタにするってことはないよ? 安心してー」

 っていうか。

「あの子達が、私に頑張って話題提供する側だし」

 南条はあっけらかんとして、けらけらと笑った。…なんか、今、女子の闇を見てしまったような気が…っつーか、見た。確実に見た。

 可愛いって言うのはジョーカーだ。遣い方を間違えれば破滅に追いやられるし、うまく遣えば最高の武器になる。南条はうまく利用している人間だ。『可愛い』の前では誰も逆らえないということを認識し、人生をスキップでもするかのように謳歌している。

 可愛くて、上位層に属していて。そんな女がオレにかりそめの期間と言えど交際を持ちかけてきた理由が全くわからない。

「…何企んでやがんだ」

 疑わしげに目を細めて睨むようにして見据えると、南条はきょとんとしたあと、にんまりとほくそ笑んだ。拳を口元に宛がいながらふふっと笑う。

「巻島くん、面白そうだから」

 じいーっと覗き込むようにして見上げてきた蠱惑的に輝く瞳にどういった思惑が渦巻いているのかオレには全く読めない。陰でコソコソ指さして笑われる可能性だって確実になくなったわけではない。もう一人のオレがよく考えろと必死に説いてくるのだが。

「…駄目?」

 甘ったるい口調で問い掛けられて、電流のようなものが体に流れる。たまにはギャンブルもいいんじゃないか、と耳元で囁いてきた悪魔は南条と同じ顔をしていた。



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