ひだまりのまんなか

  


生きていく中で、すべての人間に好かれることは不可能だ。誰かが無条件で自分を好いてくれることもあれば、誰かに無条件で嫌われることもある。だから、それだけの話で、虐めとかそんな大層な話でもないのだ。

嫌われる、まではいかなかったのだから。

『日和と一緒にいるとさー疲れない?』

『…え、アンタもそう思ってたの?』

『あ、良かった!私だけじゃなかった!別に悪い子じゃないんだけどさー。話とか電波すぎてさあ、別に面白いわけでもないし』

『そーなんだよねえ…浮いてるってか…。合わないよね、うちらと』

『でも悪い子じゃないんだよねえ…。あー、でも同じグループなの正直しんどい。不登校になってくんないかなあ』

ただわたしと接することを煩わしく苦痛に感じていることが、『友達』の口から発されていた。明確な悪意を持たないだけに、それはわたしの心に鋭く突き刺さって、いつまでも抜けなかった。それから。わたしと一緒にいると『疲れる』と思う子がいる学校に行くことが怖くなって、保健室に籠るようになって、最終的に家に籠るようになって、今に至る。

同世代の子達と会話しなくなって半年が経ったころ。わたしの家にプリントを届けてくれる男の子が現れた。黒田ゆきなりくんというらしい。下の名前の漢字はわからない。話したことのないわたしのために、プリントを。なんていい人なんだろう。すごい。と、感動で心が震えた。しかも、ドア越しにわたしに話しかけてくれもした。黒田くんは、ぽつぽつと部活のことを話してくれた。自転車競技部という部活に入っているらしい。黒田くんはむかつく先輩がいるらしい。良い人の黒田くんがムカつくぐらいなのだ。あらきたという人は相当嫌な人にちがいない。元ヤンらしいし。怖い。わたし、怖い人、怖い。

そんな黒田くんが怒った。良い人の黒田くんが怒った。明らかに怒りを孕んだ声で乱雑に言葉を投げられて、わたしは慌ててドアを開けて、引き留めていた。初めて見た黒田くんの顔は、驚きに溢れていた。




「黒田だけど」

…きた!

わたしはパソコンでネットサーフィンするのをやめて、ドアの前で正座した。黒田くんだ、黒田くん。わたしが犬だったら尻尾をぱたぱたと振っていただろう。黒田くんは「あのさ」と言ったあと、一呼吸置いてから、言い辛そうに言った。

「ちゃんと話さねェ?」

ちゃんと、話す?

目を若干見開かせて、首を傾げた。わたしは話すことより、聞く方が好きだ。と、言っても聞き上手な訳ではない。ちゃんと話聞いてんの!?と怒られることもしばしばある。相槌も、何の反応も示さないからだろう。一応耳はちゃんと傾けているのだけど。

「植原ちゃんと顔見せれんじゃん。オレ、植原のこと全然知らねェし、植原のこと知りたいっつーか、」

わたしのことを…知りたい?

ぱちぱち、と瞬きをして。言葉を噛み砕いて呑みこんで。お腹にいったところで、ようやく意味がわかった。わたしのことを、知りたい。17年間生きてきて、そんなこと、初めて言われた。目の前がぱあっときらきらの輝きで溢れていく。黒田くん。黒田ゆきなりくん。良い人、とても良い人。

「…っつーか、仲良くなんねェとお役御免にならな、」

―――バンッ

ドアを開けると、黒田くんがぎょろっとした瞳を瞬かせた。この男の子は、わたしのこと、好いてくれている。「お話、したい」と、目を真っ直ぐに見据えて言うと、「お、おう」と少し狼狽えながら応対された。

部屋に招き入れて、ピンク色のマカロンクッションを渡す。黒田くんは「ファンシーか」と突っ込みながら抱えた。あまり似合っていなかった。黒田くんはそわそわしながら、わたしの部屋を目玉だけをきょろきょろ動かして観察していた。

「お話」

「は」

「黒田くんのお話、すき」

「…ドーモ」

じいーっと、黒田くんの瞳を覗き込むようにして見つめる。黒田くんはわたしの視線から逃れるように目を逸らしたけど、それでもわたしが見つめてくるので、怪訝そうな表情を浮かべた後、閃いたと言うように僅かに目を見開かせ「話せってことか」と、ぼやいた。

「…葦木場っつー、天然がいんのは、前話したよな」

こくりと首を縦に動かす。葦木場くん。大きな男の子だと聞いた。すごく天然なのに、天然ということを自覚してないらしい。その葦木場くんがどういう経緯かわからないけど、ユキちゃんが死んじゃう〜!と泣きついてきたらしい。2メートルもある男の子に羽交い絞めされて、死ぬほど苦しかったらしい。

「…って聞いてんのか?」

黒田くんは疑わしげな眼差しをわたしに向けた。折り紙をしていたけど、話はきちんと聞いていた。こくりと首を縦に動かすと、黒田くんは口の中でなにやらぼやいた。何を言ったのか気になるけど、それよりもっと気になることがあった。

「ユキちゃん」

「…は?」

「ユキちゃんって呼ばれてるのね」

「…葦木場にしか呼ばれてねェけど」

じいっと、穴が開いてしまうんじゃないかというくらいに見つめた。黒田くんは口の端を引きつらせながら「まさか、そう呼びてェとか」と言った。わたしは、うん、と言うように首を縦に動かした。黒田くんは、ガクッと項垂れて、顔をクッションに埋めた。

チク、タク、チク、タク、と、時は一定の速さで刻まれていく。少し経ったあと、黒田くんは投げやり気味に言い放った。

「わかった!好きなように呼べ!!」

というわけで、お言葉に甘えて、ユキちゃんと呼ぶことにした。



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