男バスと女バスの休みが重なった。今度一緒に遊びに行こう、と提案したら、ぱあっと顔を大きく輝かせて、うん!と大きく頷いた。わーい、涼太くんと一緒に遊ぶの楽しみー!と万歳三唱して喜ぶひろを見ると、自然と笑みが漏れた。大袈裟、と笑ったけど。オレも、ひろに負けないくらい、楽しみだった。
そ・れ・な・の・に。
「んだよ、黄瀬かよ」
「きーちゃん久しぶり〜」
「お久しぶりです黄瀬くん」
「久しぶりじゃねーか、黄瀬」
青峰っち、桃っち、黒子っち、火神っちに、ばったり出くわすとか何スか。これ。ただ出くわすだけならいいんだけど、この人たちと出会った場合。
「わー!!すっげー!!青峰くんに桃井さんに火神くんだー!!すごい!豪華メンツッ!!うっわー!!うっわー!!」
ひろのテンションが、だだ上がりになる。彼女が喜んでいるのだからいいじゃないか、という声もあるだろう。でも考えてほしい。
「すっげー!でっかーい!かっけー!!」
青峰っちと火神っちに、憧憬の眼差しを向けて、はしゃいでいるひろの姿を見て、嫉妬しないほどオレは大人じゃない。
「桃井さんも相変わらず綺麗だなー!」
「ひろちゃんったら〜!もう〜!」
きゃいきゃいと盛り上がる桃っちとひろ。…これはいい。微笑ましい。女子と盛り上がっているひろ可愛いなあ、と暖かい眼差しで見守っていると、青峰っちが「黄瀬の顔キモい」と言ってきた。モデルの顔をキモいとは何スか!と食って掛かると黄瀬のくせに生意気と殴られた。ジャイアンかアンタは。
「お久しぶりです、林野さん」
「うわっ、吃驚した!…あ、黒子くん、いたんだね!ごめんよー!無視しちゃって!」
「いえ。僕は影が薄いので仕方ないです」
「それすごいよねー、なんだっけ、ミス…ミス…ミス…」
「ミスディレクションよ、ひろちゃん。テツくーん、会いたかった〜!!」
桃っちは黒子っちに飛びついて、感激を表す。苦しいです、桃井さん、と言う黒子っちの声には少しも動揺が滲んでいなくて、あのオッパイ押し付けられて何にも思わない黒子っちってすげーな、と毎度のことながら感心した。…もしかして、イン―――、
「黄瀬くん今何か失礼なことを思ったんじゃないですか」
「全然全然!なんも!!」
黒子っちは顔をオレの方に向けて、じいっと、見透かすように見つめてきた。顔の前で手を大きく振って、否定を表す。疑わしそうにオレを凝視する黒子っち。怖い怖い。なんか喋って。
「火神くん、うわー、すっげー!手ェでかーい!!」
「そうか?」
気付いたら、ひろと火神っちが手を合わしていた。ぎょっとして、一瞬固まる。ほお〜、すっげ〜と呑気に言いながら、火神っちの指の間に指を滑り込ませて、握るひろの瞳は、純粋な羨望を宿らせていた。火神っちも平然としている。邪な感情はまったく見受けられない。
け、れ、ど!!
「ちょっと、何してるんスか!!」
面白くないもんは、面白くない!二人の間に無理矢理割って入り込む。猫が毛並を逆立てて威嚇するように、火神っちを睨みつける。
「別に手ェ合わせてただけだろ」
「無理ッス!!」
火神っちは帰国子女だからか、女子とのスキンシップにあまり抵抗を覚えないようだ。なんでオレがこんなに怒っているかわからないようで、きょとんとしている。オレの後ろでひろが「涼太くん!火神くんの手ェすっげーでかかったよ!」と興奮していた。
「…きーちゃんが、ヤキモチなんて、ねえ…」
「ですね…」
感慨深そうに言う桃っちと黒子っち。青峰っちはつまらなそうに、耳をほじくりながら言った。
「お前って女にそんな入れ込むタイプじゃなかったよなー。やー、人って変わるもんだわ」
「青峰くんが言うと現実味がありすぎます」
「でも、ほんとそうだよね。きーちゃん、中学生の時はねー…」
「涼太くん、中学生の時はどうだったの?」
「ちょっ、桃っち、余計なことは、」
「はーい、黙ろうねー、りょ・お・た・くん?」
話の腰を折ろうと大声を出すと、後ろから羽交い絞めされた。青峰っちの面白がるような声が耳に入り込んでくる。ってか、今のもしかして、ひろの真似…!?似ていなさすぎてわかんなかったっつーの!青峰っちは「テツー」と気だるげに呼ぶと、黒子っちが「わかりました」と頷いて、何故か持っていたガムテープをオレの口に貼った。
「部活の買い出しに来ていたんです」
黒子っちってエスパー!?
大声を出すことも敵わず、青峰っちと黒子っちに押さえつけられて、オレはただ、為す術もなく、ひろと火神っちに黒歴史が流れるのを見ていることしかできなかった。…って火神っちまで何聞いてんの!?
きーちゃんはね。中学の時も女の子にモテていたの。モテっぷりだけなら、キセキで一番ね。
でもねー、きーちゃんを好きな子って、きーちゃんのこと…好きって言ったら好きだけど、肩書目当ての子が多かったの。帝光のスタメンでモデルの彼氏。手に入れたら自分のランクも上がるってね。
…もともとの性格もあるんだろうけど、それできーちゃんって、自分のこと好きな子に対して、冷たくてね。上辺では優しいんだけど、ほんと上辺だけ。げ、手作りかよー。何か入ってたら怖いんスよね、手作りってー。市製品が一番いいんだけどなー。紫原っち、食う?とか、平気で言っていてね。
「そんなきーちゃんが…こんな嫉妬するほど、好きな子に出会えるなんて…」
桃っちは暖かい眼差しをオレに向ける。一方、火神っちは、ウワァ…と引いた目でオレを見ていた。ドン引きである。蔑むような瞳。青峰っちと黒子っちの拘束からなんとか逃れて、必死に言い訳する。
「あの時は、その、ガキだったんスってば!!」
ひろは、顔を下に向けている。なので、どんな表情をしているのかよくわからない。ヤバイ、引かれたか。オレは昔恋愛感情を向けられることが嫌いだとひろに零した。勝手に好きになって、勝手に告ってきて、振ったら被害者面して糾弾してくる。めんどうくさい、と。そう零したせいで、ひろは苦しんだ。好きになってゴメンなんて、謝らなくていいのに、謝ってきた。
オレも、ひろを好きになって。誰かを恋愛感情で想うことの苦しさや喜びを、知ることができた。気付いたら、その人のことを考えていて。ちょっと指を動かしたくらいで、今のはどういう意味だったんだろう、とか、あてもないことをいつまでも考えて。その人が泣いていたら、心が押しつぶされそうなほど、苦しくなって。その人が苦しんでいる原因を、他の誰でもない、自分が取り除きたくなって。
「今は、マジで、悪かったって思っているっ、なんつーか、あんなん自分がされたらたまったもんじゃないって、ちゃんとわかった」
告白されることを作業のように感じていた。ベルトコンベアーのように、受け流していた。ハイハイ、ドーモ。好きです、と震えながら告白してくる子のことを、“恋愛”している自分に酔っているのだろう、と冷めて目で見下ろしていた。でも、今は。ひろに気持ちを伝えてから、思えなくなった。だって、知ってしまったんだ、オレは。
好きだ、と言う時。心臓がバクバクして。血液が沸騰して。頭は真っ白になって。目を合わせることすら、怖くなるという事を。
それを教えてくれたのは。馬鹿でかい声で、オレの名前を笑いながら呼んでくれる小さな女の子。
「オレ、ひろのおかげで、」
ひろはぱっと顔を上げた。なにやら深刻そうな顔をしている。最低、と言われるのだろうか、と身構える。違うんだ、マジで、今は―――、
「涼太くんは、手作りが嫌いなんだね!」
―――ん?
ひろは顎に手をあてながら、うんうんと頷いた。
「確かに、手作りは何か入っている危険性があるからね…。私も昔従姉に唐辛子入りのチョコを渡されたことがあるから、わかるよ…。手作りマジ怖いよ、市製品サイッコーだよ、何が入っているか事細かく書いてあるしね!」
「…確かに、な…」
青峰っちが、どこか遠くを見ながら、力なくふっと笑った。黒子っちも、似たような笑いを浮かべる。桃っちの手作りチョコを思い出しているのだろう。桃っちは「えー、でも手作りは愛情がたっぷり入っているじゃなーい」と面白くなさそうに唇を尖らせる。
「うーん、でもねー。涼太くんは手作り嫌いなんだし…。よし、涼太くん!バレンタインは、美味しいチョコを調べて、それを買ってくるよ!楽しみにしていて!」
「…え」
予想外のことを言われ、目を点にする。気分が下がる。なんスか、それ。裏切られたような思いが、ふつふつと沸き起こる。そんなオレに気付かず、ひろは意気揚々と提案していく。
「何がいい?私お金貯めて良いやつ買うよー!!ゴディバ?ゴディバにする?ゴディバって美味しいよねー!数えるほどしか食べたことがないんだけど、」
「手作り」
「え」
「手作りがいいッス」
「…あれ、涼太くん、手作り嫌いって」
「正直今でも嫌ッスよ。料理上手な子のならともかく、会ったばかりの知らない女子からもらったチョコなんて、何が入ってるかわかんなくて嫌ッス」
「おい黄瀬性格わりーままじゃん」
「大ちゃん突っ込みたくなる気持ちはわかるけど、ちょっと黙ってて」
ひろが大きな瞳を丸くしている。ぱちぱち、と瞬きをする。じいっと見られている、それだけで、こんなにも動悸が激しくなる。頬は熱い。ひろの前で、一番カッコいい顔をしたいのに、それどころか、こんな真っ赤で情けない顔を晒してしまう。恋愛なんて、嫌いだ。好きな子の前で、こんなかっこ悪くさせてしまうのだから。
「でも、ひろのは、どんなに下手くそでも、変なモン入ってても、食べたいんスよ!」
目をぎゅうっと閉じて、切羽詰まりながら、叫ぶようにして言う。恥ずかしくて顔を俯ける。涼太くん、と小さな声が、そっとオレの名前を呼んだ。まだ、恥ずかしくて顔を上げられない。
「結局、手作りが嫌いなの?好きなの?私馬鹿だからわかんないんだけど…!!」
ひろを除く全員がずっこけた。
この娘、馬鹿につき