朱い水晶
朱い、そんな情熱的な色をしてるくせに冷めたようなあの目が嫌いだった。
見透かされているようで、なんでもお見通しのようで。
だから、その目が朱い時は顔を合わせないようにしてたのに。
「最近イタチ、普段も写輪眼だな」
飛段が何気なくそう言った。
「…なんで仕舞わなくなったんだか、うん」
そう呟いたのは、私と同じく写輪眼を好ましく思っていないデイダラ。
確かに、前は普段は黒目だったのに、今は常に写輪眼状態だ。そのおかげで私はイタチの顔が見れない。
今朝方イタチが鬼鮫と任務へ行った後に私と不死コン、そして芸コンの元にリーダーから受けたのは「アジト待機」という休暇連絡。
それを聞いて角都は金稼ぎという名の賞金首狩りに、サソリは実験という名の毒薬生成へと行ってしまった。
多分今ここにいるこの二人もどうせ儀式やら、創作やらをやり始めるだろう、とヒマになる前に私はアジトを後にした。
「サッソリー、入るよ?」
アジトのすぐ近くにあるサソリのいる塔へ、ものの数分でたどり着いた。少しばかり入り組んだ通路を行けば、毒薬生成室の少し古びたドアが目に入り、一応ノックと声をかけて部屋に入る。
「何しに来た」
「ヒマだったもんで」
「あまりうろつくなよ、危なっかしいから」
はーいと軽く返事をすれば、サソリは私には興味なさ気に再び作業に取り掛かった。
何度か足を運んだことのある此処は、毒薬だけでなく様々な薬がある。私は以前に頭痛薬やら生理痛の薬やら風邪薬やらを此処に取りに来たことがある。
暁である私たちは犯罪者であるため、一般の医療施設には行けない。メンバーは皆自力でどうにか治すが、私はすぐにここにある薬達を頼っていた。
作業するサソリの後ろで、私はいつもと同じように部屋をただ見渡していた。部屋には、前に来た時とは違い割と真新しい簡易なベッドが入口近くに置いてあった。あれ。いつの間に?
「ねぇ、このベッドどうしたの?」
「………あー…」
サソリが何かを言おうと口を開いた。けれど彼は瞬間的に何かに気づき、私の後ろに視線を移した。
そしてそれとほぼ同時に後ろのあの古びた扉が開けられ、バタバタと慌ただしい音をたてて入って来たのは、任務に出ているはずの鬼鮫、と彼に抱えられたイタチだった。
「吐血ですよ、サソリさん」
「分かった」
近くにあったベッドにイタチを寝かせ、鬼鮫は再び扉から部屋を出ていく。少し慌てていたが、それでもイタチを気遣い静かに扉を閉めて行った。
ごふっ、と鬼鮫に寝かされた彼が血を吐いた。突然のことにただ呆然とサソリが作業するのを見ていると、そのサソリが「手伝え」と睨みをきかしてきた。
「い…イタチ、病気なの?」
「たぶんな」
はっきりとは分からない、とサソリはイタチの装束を脱がしながら言った。そのまま慣れたように心臓近くに耳を当て心音を聞くと、まずいなと小さく呟き、少しばかり慌てたように薬品の戸棚をあさりだした。
「隣の部屋からいくつかタオルと水入れられそうな容器を持って来い」
直ぐさま私は扉からでは無く瞬身の術を無駄に使い姿を消した。今の私じゃ鬼鮫のように気をきかせることは出来なそうだったからである。
隣の部屋もやっぱり少し古びたつくりで、電灯が無いからか日中だというのに毒薬生成室よりも薄暗かった。多分、物はこちらの方が片付いてはいるが。
イタチが、何かの病気。
私は彼の後ろ姿を、何年も見てきたつもりだった。ただ彼の真正面に立つには勇気を持ち合わせていなかった。
そのせいだろう。私は彼の身体に起こっていた、そして今も尚起こっている何かに気づけなかったのだ。
サソリに言われたもの達を急いで手に取っていく。私に出来ることをやるしかない。そんな思いでいっぱいだった。
部屋に戻るとサソリが何かの薬の粉末をイタチに含ませているところだった。何の疑いも無く水と共に飲んでいく彼に、これが今日だけの話では無いのだと理解し、無意識に手にしていたタオルを強く握り直した。
粉末を飲み終えたところで、サソリに背中を支えられながら口元を拭いていたイタチが私の気配に気づいた。虚ろな目で、彼本来の黒い目で、"私"という物体を見ていた。
こんなに近いのに、彼は私なのかどうか判断しかねているようだった。
数秒後、彼が悩みながら呼んだ名は、間違い無く私の名。少しだけ、何かから安心することが出来た気がした。
血を拭いたり汗を拭いたりで持ってきた五枚のタオルはすぐに汚れてしまった。新しいものに取り替えようと思った時に、イタチが肘をつきながらベッドから上半身を起こした。
さっきまでの苦しみに歪んだ顔ではなく、いつもの無表情に戻っていた。ついでに目も朱い。吐血した後ぐらい身体休ませれば良いのに、と内心呆れた。また私は顔が見れない。
「…すみません、お手数をかけて」
「今日の任務は鬼鮫に任せとけ。暇人、アジトまで送ってやれよ」
暇人呼ばわりされて反論しようと思ったが、止めておいた。その言葉は間違えてなどいない。だからここに来たのだから。
それにどちらにせよ彼ひとりでアジトに帰らせるなんて出来ないし、させない。私はイタチの身体をすぐ隣で支えながら、ゆっくりと部屋を後にした。
道中、私たちの会話はほとんど無かった。具合は?大丈夫だ。痛みは?大丈夫だ。そんな繰り返し。
「…病気って、いつから?」
今1番聞きたかった事を口にした。イタチは少し間をあけて、気付いたのは一ヶ月前だと、下を向きながら言った。
「ずっと写輪眼なのと関係あるの?」
「………オレはもう、写輪眼で無いと目が見えない」
「…?」
「…本来の目じゃ…今こんなに近い、お前の顔も見えない」
「そう…なんだ」
彼が言った一ヶ月前と、朱い目が常になった日は重なった。いつか、この朱い目も、何も写さなくなるのだろうか。
「……イタチ」
「…………」
イタチがたまにフラつくのを抑えながら、私は言葉を口にした。
「私が、目になったげる」
その目が見える最後まで、私を記憶に焼き付けて。そしたらきっと、もう逸らさないよ。
二人でそのまま歩き続けた。アジトまでの道は少し遠く、長く感じた。長いイタチの髪の毛がたまに私の頬に当たった。でも嫌な感じはしない。
「ありがとう」
見上げると、あの朱い瞳が僅かに笑っていた。ビー玉みたいに光るその目に、小さく私が反射している。じっと見ていたら、彼は不思議そうに首を傾げた。
「…綺麗な赤色、してんだね」
朱い水晶
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アンケートでイタチさんをという希望がありましたので執筆させて頂きました。
過去ではなく暁に入ってからのことを書きたくなり、このような作品になりました。
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