シンプルで、地味すぎず派手すぎないお気に入りの服を身に纏い街並みへと向かう。
こうやって仕事以外で街に出るのはかなり久しぶりかもしれない。折角だし少し寄り道もしよう。その前にまず……
「こんにちわ。」
「あら!ファーストネーム様ではありませんか、装飾品のお買い物で?」
「ふふ、私はそういうのは似合わないので……今日はこれをお願いしたくて。このレンズをベルトの横に嵌められるようにしたいんです。できますか?」
「きっと似合うと思いますのに!ベルトの依頼は任せて下さい、おそらく夜までには出来ると思います」
「じゃあお願いします、夜にまた寄りますね」
小さく頭を下げて装飾店を後にする。これで持ち運びの心配はいらなくなりそうだ。
さて、時間も空いた事だし花屋に行くか。
「おばさん、こんにちわ!」
「ファーストネームちゃんいらっしゃい!注文してた木、届いてるよ」
「有難う、嬉しいな。好きなんだキンモクセイ。ところで何かおすすめ入ってる?」
いつもこの花屋で買い物をする。結構種類も多く、何より店の人が明るくて良い人だ。
私は昔から花が好きで、勉強の為にと通いつめていた図書館でもよく花言葉の本を読んだ。花はとても強く美しいと思う。そんな風に私もなりたかったのかも、憧れを抱いていたのかもしれない。
「今日はアルストロメリアが良い感じに咲いてるね。」
「アルストロメリアか……」
花言葉は"幸福な日々"。
うん、これにしよう。
「またマリアンって子に送ればいいかい?」
「うん、いつも有難う御座います」
「いいのよ!じゃあ配達行ってくるわね」
お願いします、と手を振っておばさんを見送り、キンモクセイの苗木と自分の分のアルストロメリアを手に、街を歩く。
ちらちらと住民から視線を感じるが特に気にせず食材の買出しをした。普段はモンスターが落とす食材で事足りるのであまりこういう買出しはしないのだが、今日は気分転換にだ。
全ての買出しと寄り道を終えた頃、空は夕暮れに染まっていた。とても綺麗な色をしていた為目を奪われる。そうだ、港に行けばもっと良い景色が見られるだろう。自然と足はダリルシェイド港に向かっていった。
「凄い……」
目の前にはどこまでも広がる海景色。それに溶け込むように広がっている夕暮れ。視界いっぱいのオレンジに私は目を奪われた。
こんな素敵な景色が他にあるだろうか。大事な宝物のように感じたその景色を目に焼き付けるようにひたすら眺めていた。
「こんな所で何してるんだ?」
「あ、リオン。あまりに綺麗だったからついね。そっちこそどうしたの?」
「次の任務の事で港に用があったんだ。いつまでも眺めていると風邪を引くぞ」
「ふふ、大丈夫!夜まで時間あるからもう少しここに居るよ」
そうか、とリオンは呟いて私の横に並ぶ。どうやら一緒に眺めるつもりらしい、珍しい事もあるものだ。
私達は陽が落ちきるまで何も言わずに海を眺めていた。彼の夕陽で輝くピアスが印象的で、とても穏やかな時間を過ごした。
「付き合ってくれて有難うリオン。あっそうだ、聞きたい事あったんだけどもう夜だしまた今度お願いするね」
「ああ。」
「じゃあまたね、リオン」
「-----待て。」
呼び止められたのでリオンの方に体を向ける。あの時……私が友達と宣言したあの時のような、複雑な表情をしているように見える。
「……エミリオだ」
「何が?」
「僕の本当の名前は……エミリオ・カトレット。覚えておけ」
よく分からないが、とても大切な事だというのは伝わってきた。私は頷き、ありがとう、と一言告げてリオンと別れる。
"ありがとう"と告げた瞬間に浮かべた、彼の純粋な笑みが脳裏に焼き付く。その一瞬がきらきら、とても輝いて見えた。私はきっとこの笑みを忘れないだろう。
『驚きです。坊ちゃんがマリアン以外に教えるなんて』
「教えた理由は僕にも分からない。けど……」
『どうしたんです?』
「今日の夕陽は、ファーストネームの瞳と同じ色をしていたよ。」
『……そうですね。とても、暖かかったです』
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