長編 | ナノ

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『トシ!今日もお妙さんに殴られてきたぞ!!』

近藤が笑顔でそう言ったのはいつだったのか。
土方と近藤の周りには沖田や山崎もいて、「ああアザになってますね」なんて言っていた。

『さすがお妙さん、手加減なしだよな!』

近藤は赤くなった頬を撫でながら笑う。つられて山崎が笑えば、「調子に乗んなァ、ザキ」と沖田が山崎に蹴りをいれた。
賑やかな光景を見ながら、土方は呆れたようにため息をついていた。




『冗談だよと嘘を吐く』7



「あーあ、もったいねえの」

坂田が視線をおとす。
土方の足元に転がる煙草はいまだ紫煙をあげていた。
しかし、土方の視界には目の前にいる銀髪の男だけ。
頭の中では、坂田の言葉がバカみたいに繰り返されていた。

「なんで、って顔だな」

坂田がヘラリと表情を崩した。

「なんで俺と志村が付き合ってんのを知ってんだって顔だ」
「付き合ってねえ」
「時間の問題だろ?」

そう言ってハッと笑う。
時間の問題。
つまり、お互いの気持ちは了承済みってわけだ。
土方から否定の言葉があがらないことが肯定の証。

「まあ、隠したい気持ちも分かるけどな」

その言葉に、呆然とただ坂田を見ているだけだった土方が反応する。歪む表情。それを見て、坂田が「やっぱり」と呟いた。

「知らねぇんだろ?お前の気持ちも、お前とお妙さんの関係も」

わざとらしくお妙さんと言う坂田に、土方が尊敬するあの人の姿が重なる。

「言えるわけねぇよなあ……近藤には」

その名前を耳にした時、土方の眉間に一層深く皺がよった。



『お妙さん』

毎日のように近藤から聞かされる名前。
その名前は、いつしか土方の中で特別な存在となっていた。
勿論それは近藤が想う「お妙さん」へのソレとは全く違う。
土方の「お妙さん」に対する想いは好奇心に近かった。
身近にいる男が惚れ込む相手とはどんな女なのか。
単純に気になっていた。
恋愛感情ではない。
なぜなら、そんな感情をもつほど土方は「お妙さん」を知らなかったからだ。
「お妙さん」は初めから近藤の「お妙さん」であり、土方は近藤を通してでしか「お妙さん」を知らない。
でも、それで充分だった。

『あ!お妙さん!トシ、トシ!ほらあそこ…お妙さんがいる!!』

机に突っ伏して寝る態勢だった土方は、外に顔を向けたままの近藤に呼ばれた。
窓辺に張りつくように近藤が、その隣に双眼鏡を構えた沖田。

『お妙さああん!!ご機嫌いかがですかあああ!!』

近藤が腕がちぎれるんじゃないかとばかりに手を振る。

『露骨に無視されやしたねィ。近藤さんの存在自体を消されやしたぜ』

沖田が冷静に実況中継。

『ト、トシ!お前も一緒に呼んでくれよ!!いくぞ、せーの』

校舎の外に響き渡る名前が何故だか気にかかった。
少しの逡巡のあと、土方は立ち上がり二人に近づく。
窓から落ちそうなほど身を乗り出して手を降る近藤の横に立ち、何気なく目を向けた。
思ったより近かった存在に一瞬怯むが、それも視線が絡むまで。
『志村妙』をまともに見たのは、この時が初めてだった。
この時から、土方の中にいた『お妙さん』は現実となり急速に実体をもった。
『お妙さん』ではなく『志村妙』として。




「あーあ、志村もなあ。何が良くてこんなムッツリくんに惚れるかねえ」

ポケットに手をつっこんだまま、ゆっくりとフェンスに寄りかかり坂田は大袈裟な溜め息をつく。

「お前……志村の弱味でも握ってんの?」

先程までのピリピリとした空気はどこへやら、のんびりとしたいつもの口調。
そんな坂田を、土方は苦虫を噛み潰したような表情で見つめていた。

「弱味を握ったからって簡単に落ちる女じゃねーし、そこは色男土方くんの力かね。近藤もさぞやビックリすっだろうよ」

近藤の名をだせば、面白いくらい土方の表情が変わっていく。
普段の土方からは想像つかないくらいの動揺ぶりを目の当たりにしながらも、大して気にする様子もない坂田は、もう一度「近藤」と名をだした。

「近藤、狙われてるんだよな?」
「ああ。下手すりゃ二、三ヵ月病院行きだ……」
「そうそう」

土方のかすれた声に、坂田は変わらぬ調子で続けた。

「お前はさ、近藤が傷つけらねーように頑張ってんだよな」
「当たり前だ」
「でも、近藤を傷つけんのはそいつらじゃないだろ」
「な……」
「近藤を一番傷つけるのは、お前だろ?」

何を言ってんだ。と言いかけて言葉に詰まった。
否定できなかった。
土方の整った顔立ちが歪めば普段の硬い印象はとれ、どこか幼く感じられた。

「近藤には今更本当のことも言えねーし。それとも初めから言わねーつもりだった?」

坂田が気の抜けた声で喋りながら土方の目の前まで来ると立ち止まった。
背丈が変わらない二人の視線は真直ぐにぶつかる。
固まる土方とは対照的に、坂田の口元は緩んだままだった。

「あー、あれ?こういうのってさあ、なんつったけ?確か……あー」

坂田は空を見上げながら、ぶつぶつと一人の世界へと入っていたが、おもむろに土方の肩へ顎を乗せた。
その行動に驚いた土方が坂田の顔を手で払おうとした時、「あ、思い出した」と声をあげる。

「裏切り」

小さく、でもハッキリと。
その言葉は土方の耳から奥まで滑りこんでいく。

「裏切り、だよな?」

坂田の低い静かな声が余計にその言葉を際立たせた。
思わず目を閉じた土方の脳裏には、幸せそうに『お妙さん』と呼んでいる近藤の姿が。
そして『志村妙』の姿が、傷痕のように痛みをもって浮かび上がる。
気付いていた。
だが、気付かないふりをし続けた。
近藤を裏切っているのを知りながら向かう気持ちを止められず、寄せられた気持ちを拒絶できず、結局は二人とも傷つけていることに気付いていた。

「俺は……」

絞りだすような辛い声。
土方は言葉を続けようと口をひらいた。

「………ふ」
「…は?」

土方の耳に息がかかる。
反射的にそちらへ顔を向けると、坂田の肩が小刻みに揺れていた。

「………ふ」
「おい」

自分の肩に顔を埋めながら変な声を洩らす坂田を不信に思い、土方が声をかけた瞬間。

「…ぶはっ!!やべ、が、我慢できねえええ!!」

坂田は腹を押さえながら崩れ落ちていく。

「坂…田」
「ひー!腹が…腹が…腹がよじれるっ!!お前さ、なんて顔してんだよ!」

立ち尽くす土方の足元で、釣り上げられた魚の如くのたうち回り、笑い転げる坂田。

「ちょ、土方!俺マジで今なら、へ、ヘソで茶、沸かせそう!」
「ああ…、俺も今ならシロクマを素手で殺れそうだ」

素手どころか一睨みだけで殺れそうな土方が坂田に視線を向ける。
屋上には坂田の苦し気な笑い声がしばらくの間、響いていた。 


2008.06.29

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