長編 | ナノ

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土方は黒っぽい携帯を手に取ると、視線を走らせた。
何も変化はない。
無意味に時間だけが過ぎているが待つしかなかった。

「とにかく、山崎から連絡がくるまで俺もお前も動けねえ。ウロチョロしてねえで、ここでおとなしく待ってろ」

心中の焦りを隠して冷静を装うがうまくいかず、苛ついた口調になった。

「はー、野郎と屋上で二人きりかよ」

坂田が溜め息をつく。

「絶好のシチュエーションがもったいねえな。どうせなら女とが良かった」
「ハッ、ここじゃあ女といても大したことできねえだろ」
「屋上なめんなよ」
「屋上ですることなんざねぇな」
「学校の屋上ってだけで勃たねえ?」
「んなことで勃つかボケ」

土方が吐き捨てるように言えば、坂田が目を見張った。

「苛々してんなー」

そう言って煙草を一本、箱から抜くと土方の方へ高く放り投げた。
突然の行動に土方の反応が遅れるが、ゆっくりと弧を描いて落ちてくるソレを難なく手のひらに乗せる。

「吸えば?」

坂田がそう告げると、

「元は俺のだ」

と言い、火を付け深く吸い込んだ。

肺の中に白い煙がひろがり、またそれが口から吐きだされていく。
そのたびに、急激な変化に堪えようとしてこじれてしまった思考は次第に鮮明となっていった。
頭の中がスッキリすると、不意に疑問符が浮かぶ。
いつもの土方ならすぐに辿り着くであろう疑問が今頃になって頭をよぎるのは、それだけ追い詰められていたからかもしれない。

「坂田」

土方が名前を呼ぶと、煙草をくわえたまま返事はせず顔だけ向けた。

「俺らに手を貸す理由は何だ?」

土方が煙を吐き出したあと、一息で尋ねる。
坂田は変わらぬ表情で「理由…」と呟いたまま黙り込むが、すぐに土方に視線を向けた。

「暇だから?」
「俺に聞くな」

暇だけで手を貸すなんて、らしくない。
土方はそう思ったが、坂田の答えは要領を得ない。
「暇だから」「楽しそう」「たまたま」など。
いくつもの理由を挙げつらねるが、そのどれもが土方には違うように感じられた。

風が吹き、風景が揺れる。
坂田は最後の煙を吐きながら、短くなった煙草を足元に落とした。
隣にはさっき食べていた飴の白い棒が転がっている。

「理由、教えてやろうか?」

そう言いながら、煙草を踏み潰す。

「志村妙」

坂田が唐突にその名前を口にすると、土方が僅かに目を細めた。

「同じクラスなんだよ。黒い髪で目がデカくて」
「……それが、何だ」
「綺麗な顔してるけど、ありえねえくらい凶暴な女でさ。近藤が毎日飽きもせずに追いかけまわしてる」
「ああ」
「土方くんの、大好きな、近藤さんが、惚れてる、志村妙」

まるで一つ一つを強調するかのように、不自然に区切られる言葉。

「だから、それが」
「俺にくれよ」

土方の言葉は、坂田の言葉によって消えた。
二人の間に張り詰めた空気が流れる。
痛いほどの沈黙が続いた。

「何の話しだ」

短く息を吐いた後、かすれた声で土方が問うと、坂田が「悪りぃ悪りぃ」と頭を掻きながら答えた。
ヘラヘラと軽い調子はいつも通りだが、その強い視線は土方を捕えたまま逸らすことはなかった。

「あー、俺の言い方が悪かったな」

そう言うと、口元に浮かんでいた笑みはそのままで、感情が削ぎ落ちたかのような表情へと変わった。

「お前の女、俺にくれよ」

坂田の無機質な瞳が、土方を映したまま、揺れる。
土方の骨張った手から零れるように煙草が落ち、火を灯したまま足元に転がった。


2008.06.07

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