長編 | ナノ

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土方をからかうのに飽きたのか、坂田は錆びたフェンスに背中から寄りかかり学ランのポケットをあさり始めた。
取り出したのは棒付きの飴。
慣れた手付きで包みをとると、それを口に放り込んだ。
コリっと、飴が歯に当たる音がする。
その音が耳に残り、急に口寂しさを覚えた土方は制服の上から煙草を探した。
しかし慣れた感触はどこにもなく、先ほど坂田に箱ごと渡したのを思い出して「チッ」と舌打ちをする。

「煙草ねえの?」
「てめえにやっただろ」
「ああ……」

そういやそうだ。とばかり頷く坂田を見てもう一度、大袈裟に舌打ちをした。

「いる?」

坂田が差し出したのは自分の口からだした飴。

「食って欲しいなら、その汚ねえ口に入れる前に聞いてこい」
「まあ、そうだよな」

たいして気にする風でもなく飴を口に戻すと、コリっという音が鳴った。

くだらない会話だが、土方の頭を冷やすのには充分だった。
何やってんだ――
土方は口を歪ませると、坂田から少し離れたところでフェンスに寄りかかった。

土方と坂田がこんなふうに二人きりで話すのは初めてだった。
土方は大抵近藤たちと行動を共にしているし、坂田はいつもどこに居るのか分からない。
今、こんな事態になっている時に二人がここで会ったのは、偶然が積み重なった結果だった。
たが、そこまで考えて土方に疑念がよぎる。

本当に偶然か?

今日、仲間に裏切られた。
タイミングよく近藤は一人で、土方と沖田は傍にはいない。
近藤を助ける為には近藤の元に向かう者と、この場で相手を足止めする者が必要で、それに最適な男が今ここに現れる。

まるで誰かが書いた筋書きのようだと土方は思った。
探るような視線を坂田に向けるが、当人といえば我関せずに相も変わらずマイペースを貫いている。
また、飴が鳴った。

「あいつは絡んでんのか?」

それは質問というよりも独り言に近かった。
視線を向けないまま呟いた坂田の言葉に土方は返事をしなかった。
独り言だと思い聞き流す。
質問されていると気付いたのは、坂田が同じ言葉を繰り返した時だった。

「あいつ?」

質問に質問で返す。
誰の事を聞いているのか分からなければ答えようがない。
土方が先を促すと、坂田の表情が少しだけ変わった。
あまり喜怒哀楽が浮かぶことのない顔に、僅かに浮かぶ感情。
その変化に土方の方が戸惑った。

「誰が絡んでるって?」

内心の動揺を隠しながら土方が繰り返す。
坂田は銀色の髪を左手でグシャグシャと触りながら、

「高杉」

とだけ呟いた。

「あの眼帯野郎か」

土方が顔をしかめる。

「そうそう。さっきお前がヌキたいって言った股女が惚れてる鬼太郎くんだよ」
「誰がヌキたいっつった」
「ヤリたいだっけ?」
「言ってねーよ」

土方が坂田を睨み付ける。

「大体な、そんなに言うならてめえがヤッてこい」
「俺は他で擦り切れるほど使ってるから大丈夫」
「じゃあ俺も擦り切れてるから気にすんな」
「さすが、見境い無く勃たせてる土方は違うな」
「俺はまた子で勃ってねえ」
「じゃあ高杉で?」
「……てめえわざと言ってんだろ」
「だから怒んなって。たまってんの?」

坂田の言葉に土方が言い返そうとした時、唐突に思い出した。

『あの二人、幼なじみらしいですよ』

山崎がそう言っていたのはいつだったか。

「そういやぁお前、高杉と幼なじみなんだってな」

話題を変えた土方の問いに坂田は視線を逸らした。

「そんな昔のこと、覚えてねーよ」

澄んだ空気の中、また一度だけ、飴が鳴った。


高杉晋助。

土方がその名前を声にださずに呟く。
自然と眉根が寄っていた。
入学当初からその考え方の違いに、近藤側と高杉側には理解しがたい隔たりがあった。
2つのグループは犬猿の仲で、まさに一触即発。
互いに互いが目障りでたまらなかった。
しかし、特に目立った争いもなく今日まで過ごしてこれたのは、近藤が無益な暴力を良しとしなかったからだ。
こちらが喧嘩を売らなければ、あちらも売ってくる理由がない。
反発しあいながらもバランスがとれていた関係。
しかしその均衡も今は崩れかけていた。
河上万斉は高杉側に属している。それもかなり深く。
万斉が高杉の片腕といっていい存在なら、この件に高杉が絡んでいてもおかしくはない。
それは土方が言わなくとも坂田にも分かってる事だ。
わかった上で聞いたのは、確認か希望か、それは坂田にしか分からない。

土方がそう思い巡らしていると、隣から飴を噛む派手な音が聞こえた。
シンとした屋上に響く、そのガリガリという音はだんだんと小さくなり、そして消えていった。

「どこ?」

と、坂田はダルそうな表情はそのままで、土方に視線を向ける。
少しだけ浮かんでいた感情は、もう消えていた。


2008.05.31

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