長編 | ナノ

 16


「えーと、ではクラスマッチのペア決めはこれで終わります。今日はもう話し合うことはないので、」

そこで一度言葉を区切り、山崎は隣に立つ妙を見る。山崎の視線に気付いた妙が微笑みながら頷いた。
ようやく任務完了だ。

「残りの時間は自習です」

山崎の宣言に教室内があっという間に騒がしくなる。

「ちょっ、ちょっと!みんな静かに」

おろおろする山崎とは対照的に、妙は愉しげに笑う。

「今の時間は他も自習だし、少しはいいんじゃない?」
「まあ、ここは他のクラスもないし大丈夫だとは思うけど」

Z組のある校舎は教室数の関係上別クラスが入っていない。こちらの校舎には特別教室とZ組しかないのだ。いくら煩くしても他のクラスの迷惑になることはない。

「ね?」
「うーん、まあいっか」

可愛い子に見つめられるとついつい受け入れてしまう。地味とはいえ山崎も男、女の子には弱い。

「志村さん。そろそろいいかな」

教室の喧騒を微笑ましく眺めていたところ、一番後ろの席で我関せずの態度を貫いていた伊東が傍に来ていた。

「あ、伊東くん。またせてごめんね」
「気にしないで。ゆっくりでいいよ」

山崎は伊東と妙の会話に小首を傾げる。

「伊東くんって何かあったっけ?」
「・・・キミは馬鹿なのかな?」

微笑んだ伊東の目が全く笑っていない。

「ああああ説明ね!そうそう説明だよ!大丈夫!分かってるから!」
「へえ。で、それはどんな説明?折角だから山崎くんに説明してもらおうかな」
「ええええええーと」
「はい、そこまで」

蛇に睨まれたカエルの如く震えていたら、妙が笑い混じりに助け舟を出してくれた。

「伊東くん、これがその資料ね。それで、J組の臨時クラス委員の説明なんだけど」
「ああ!!それだ!!伊東くんJ組の!!」

すっかり忘れていた山崎だが、確か生徒会長の発案でそんなことになっていた。思わず指差してしまったが指ごと折られそうなオーラを伊東から感じたので「すみません」とすぐに謝った。伊東の視線が妙に逸れたのでホッとする。

「あら。・・・ごめん伊東くん」
「どうしたの」
「もう一枚プリントがあるはずなんだけど、桂くんから貰いそこねたみたい」

妙は申し訳なさそうに伊東を見やる。

「気付かなくてごめんね。さっきから伊東くんに謝ってばかりだし」
「それだけ志村さんが忙しかったってことだよ」

志村さんが、に力が入っていたのは気のせいだろうか。多分気のせいではないだろう。山崎とて疲労困憊なのだが、それがクラス委員としての仕事かと云うとそうじゃないのが辛い。

「僕が桂くんの所に行った方が早いよね」

プリントを取りに行くと言った妙に、伊東がさも当然のように告げた。自分のミスなのにと妙が渋るが、伊東はそうすることに決めてしまったらしい。

「じゃあ行こうか、山崎くん」

と、山崎が同伴することも決定事項のようだ。






「こんなもん見てどーしたかったわけ。時間の無駄だったろ」
「ですねィ。期待はしてなかったけど」

坂田は沖田から返された携帯に目を落とす。一通り確認してみたが特に何かをされた形跡はない。本当に借りただけだったらしい。もちろん坂田も沖田の携帯にはほとんど触れていないし興味もない。

「それで?俺の携帯から何か分かった?」

雑な動作で携帯をポケットにしまい、飲みかけのジュースに口をつける。

「アンタに友達がいねえってことくらい?」
「てめえも一緒みてえなもんだろうが」
「アンタが俺らに手を貸した理由を知りたくてねィ」
「土方くんから聞いてねーのかよ」
「頼まれたんでしょ。知ってやすぜ」
「ならそれでいーじゃん」
「でも、それだけじゃねえだろィ」

薄い色彩の目が坂田を見ていた。相変わらず表情に感情が乗らない男だ。それは坂田も同じだが。

「アンタが誰の肩をもつのか興味がありやしてね。俺らの揉め事には興味ねえだろうし」
「まあ。ねえな」
「知ってる。だから余計に疑問でさァ。なんで俺らの肩をもったのか」
「もったつもりはねえけどな」

肩を竦めた坂田に、沖田はそれ以上何も聞いてはこなかった。興味が失せたのか、はたまた時間の無駄とでも思ったのか。元々マイペースな男なので思考が読みにくし、坂田には読む気がないのだ。これでは話がひろがらない。
少しだけあった緊張感もどこへやら、二人の間にはいつもの空気が流れていた。

「へー、意外な組合せ」

屋上のフェンスに寄りかかりながら坂田が口角を上げる。視線の先は向かいの校舎、自分が所属するクラス。

「なんかありやしたか」
「うちの委員長と眼鏡がデートしてる」
「そりゃ珍しい」

沖田が目を向けた時にはもう校舎の影に消えるところだったが、確かに山崎と伊東だ。

「そういや伊東のヤローは相変わらず優等生のフリしてんですかィ」
「してるしてる。ほんとアイツ上手いよな。俺なんて目え付けられまくってんのに」

うんざりとした顔で坂田が唸る。坂田の素行の悪さは多少目につくが悪質な校則違反などはしていない。なのに目立つからという理由だけで教師から目をつけられていた。逆に伊東は優等生として認識されている。

「あんな腹ん中真っ黒男が信用されて俺が信用されねえってどういうこと?世の中おかしくね?」
「俺は信用してやすぜ」
「え?沖田くんって信用してる奴の携帯パクんの?」
「パクってねえでしょ。借りただけ」
「いや、まず勝手に人の携帯借りてる時点でおかしいからね」
「不便だと思ってかわりに俺の携帯置いてたからセーフ」
「セーフじゃねえよ。犯人が堂々と証拠残していくなよ」
「別に隠すつもりもなかったんで。借りただけだし」

それに、と沖田が続ける。

「気付いてて何も言わなかったアンタの方がタチ悪いと思いやすがねィ」

騙すつもりなどなかったから、分かりやすくしていたのだ。なにより坂田の反応が見たかった。自分の携帯を置いていったのもそのため。なのに坂田からの連絡は一切なく、こうやって沖田が呼び出すまで何のアクションも起こそうとしなかった。

「めんどくせーことには極力関わらねえことにしてんだよ」
「そんなこと言ってるから友達少ねえんですぜ」
「だからおまえも似たようなもんだっつってんだろ」

坂田は軽く鼻で笑い、温くなってしまったジュースを喉に通した。


2016/02/01

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