長編 | ナノ

 17


「さすがに遠いね」

山崎の隣を歩く伊東は、ふっと苦笑いのようなものを浮かべた。

「だね。A組ならよく行くけど、J組には滅多に行かないからなあ」

各クラス、クラスマッチの話し合いの最中ということもあり、すれ違う人影もない。
出来上がった書類は山崎が預かっている。朝の委員会に出られなかったお詫びを兼ねて提出役を請け負ったのだ。その際、J組に行くという伊東と途中まで一緒に向かうことになった。

「うちのクラスも他と離れてるけどJ組も離れてるんだよね。まあ、あのクラスが隣だと緊張するから都合がいいけど」

山崎らが所属するZ組が他のクラスと校舎自体が離れているのと同じく、J組も隔離されてるかのように離れていた。本当は校舎を出て外を突っ切ると近道になるのだが、そのままサボる生徒が続出したため今は校則で禁止されている。が、普通に通るだけなら黙認されるらしい。しかし黙認されるからといって伊東の前で校則違反をする度胸は山崎にはなかった。

「いきなり行ったら何か言われるかもなあ。桂くんがいるから大丈夫そうだけど・・・」
「どちらにしろ歓迎はされないだろうね。まさか殴りかかってはこないと思うけど」
「ははっ、それシャレにならないよ」

J組を仕切る高杉派と山崎がいる近藤派は、いわゆる犬猿の仲だ。上同士はそうでもないものの、とにかく周りにいる奴らの仲が悪い。特に今は顔を合わせれば一触即発な雰囲気だった。

「伊東くん、大丈夫?」
「なにがだい」
「いやほら、J組の委員を引き受けたりとか」
「ああ、そういうこと」

今気付いたとでもいうような伊東の態度に若干驚いた。今から揉めている相手が集まるクラスに行き、しかもクラス委員の手伝いをしなければならないというのに、なにを悠長に構えているのか。
難しい役目だと思っていたが本人は至って普通。むしろ機嫌がいいくらいで山崎は戸惑う。

「ほんとに大丈夫?他人事みたいな顔してるけど」
「意外だな。キミが僕の心配をしているのか」
「そりゃあ、よりによってあのクラスだし。しかも会長の指名でさ」

響き渡る校内放送と生徒会長の笑い声。あれは内容含めて忘れようにも忘れられないインパクトだった。若干胃が痛くなったのを覚えている。
しかし伊東は全く違った感想を抱いたようだ。

「僕は面白いと思ってるよ」
「面白い?」

予想外な答えに山崎は疑問符を浮かべる。あれのどこに面白い要素があったのだろうか。しかも伊東は当事者だ。巻き込まれた側ともいえる。

「そっか。面白い、ね・・・」

呟いた言葉に伊東は一度視線を向けたが、それ以上は反応を見せなかった。面白いと思ったことについて山崎に説明する気はないらしい。
会話のないまま歩いてると、人の気配のない静かな廊下にさしかかったところで伊東が口を開いた。

「それで、山崎くんはアレをどこまで調べたんだい」

不意に響いた声は、まるでこの時を待っていたかのようだった。

「アレって、何かあったっけ?」
「土方くんに頼まれているよね。近藤くんの件」
「ああ・・・アレってアレのことか」

伊東の言うアレとは、近藤が狙われたあの時のことだろう。

「いやー、まだ何も分かってなくて」
「キミにも調べきれないことがあるんだね」
「そりゃあるよ。今はクラスマッチの準備で忙しいし」
「忙しい理由はそれだけかな」

探るような言葉に山崎は思わず笑ってしまった。どうやら自分は疑われているらしい。何をというよりも、伊東は誰も信用していないのかもしれないが。

「近藤くんも土方くんも、誰も彼も。あの出来事に関しては口が重くなる」

あの日、実際に諍いが起こったのは坂田と万斉の間だけだった。逆に云えば、坂田が万斉を足止めしてくれたおかげで何事もなく済んだといえるのかもしれない。

「土方くんに河上万斉の情報を渡したのはキミだったよね」

伊東が緩やかに速度を落とし立ち止まったことに気付き、山崎も少し前で立ち止まる。

「確かに河上万斉は情報通りに動いた。では、なぜそんな重要な情報が早い段階で漏れたのか」
「それは俺も思ったよ。あまりにあっさりと掴めた情報だったからね。罠かもしれないとは土方さんに伝えてたけど」
「しかし情報は間違っていなかった。だから余計に不思議なんだよ。まるで僕たちに知らせたかったみたいだからね」
「まさか。最初から失敗ありきの計画だったってこと?」
「失敗するつもりがあったのかは分からないけれど、あの計画を僕らに知らせたい誰かがいたのかもしれない。もしくは、それも計算の一部だったか」
「じゃあ、河上は近藤さんを潰すつもりはなかった?」
「もしくは、坂田が来ることを知っていた」
「えっ」

山崎の目が驚いたように見開かれた。そんな山崎を見つめる冷めた目がナイフのように鈍く光る。

「山崎くん、もう一度訊くよ。キミはアレをどこまで調べたんだい」

二人の足音すらしなくなった廊下には互いの声しか響かない。
伊東は愉快犯ではない。思考は理路整然としており、冷静で頭が切れるタイプだ。そして目的を達するためならば狡猾なところもある。級友にカマをかけるくらい朝飯前だ。

「いや、だからさっきも言ったけど、分かってたら報告してるって」
「僕には言えないのかな」
「言えることがないからね。期待に添えなくて申し訳ないけど」

伊東がなぜそういう考えに至ったのかは分からない。が、山崎は出来るかぎり平静を装った。意図が読めない限り下手なことは言えないからだ。ならば曖昧に笑って首を振るしかない。

「キミは優秀だね」

微かに上がった口の端。瞳の光が和らいだのが分かった。

「これ以上は時間の無駄かな。なんにせよ、キミも僕もあの会長の嫌がらせのせいで忙しいのは事実だからね」

瞳の奥の感情は相変わらず見えにくいが、鋭さは陰を潜め、いつもの冷めたものへと変わっていた

「嫌がらせって、さっきは面白いって言ってたのに」
「冗談に決まってるだろ。毛根が捻じ曲がってると中身も捻じ曲がるんだろうね。僕の隣の席にはその見本みたいな白い頭の男が居るし」

すっかりいつもの伊東だ。あの冷たい目がこんなに懐かしいと思えるなんて、と山崎はうっかり感動しかける。わけのわからない揺さぶりをかけられるより嫌味の一つでも撒き散らされる方がマシだ。

「嫌がらせと云えば、山崎くん」

歩き始めた伊東がすれ違いざま山崎の肩に手を置いた。すっかり気の抜けた山崎は「え、なに?」と笑顔を浮かべる。
そんな山崎に、伊東はにっこりと微笑んだ。

「ここを通るより外を突っ切た方が近いよね。近道があるのにわざわざ遠回りして、これは僕に対する嫌がらせかな?」

やはり冷たい目は懐かしくもなんともない。
一つも微笑ましくない微笑みを向けられて、山崎は「あはは・・・」と気の抜けた笑いしか返せなかった。



2016/02/01


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