長編 | ナノ

 カラフルデイズ


代わり映えのしない景色だと思っていたものが、まるで花が色づく時のように少しずつ変わっていたとしたら。それに気付くだけで、日常の色すらも変わっていくのかもしれない。






カラフルデイズ


「ちわー。ミカワヤでーす」
「ミカワヤさーん。それ捨てといてー」

クラスメイトではない男の言葉を聞き、白に近い髪色の男が雑誌から顔をあげないまま黒板前の教卓を指し示す。
そこにはZ組ではすっかりお馴染みの人物が、祭事の際の捧げ物のように横たわっていた。

「いつも大変だね、沖田くん」

教室の後ろの方から声がかかる。
沖田と呼ばれた明るい髪色の男が視線だけをそちらに向けた。

「毎日よく飽きないね」
「伊東ウゼー」
「誉め言葉と受けとめておくよ、沖田くん」

微笑む伊東の性格を熟知している沖田は小さく舌打ちした。伊東の言葉ほど嫌味なものはない。歪みすぎて逆に分かりやすい性格をしているのだ。しかしそれは、ある意味誰よりも素直なのかもしれない。
沖田は表情を変えないままに視線を動かし、伊東の隣の席に座る白髪天パの男に目をとめた。

「坂田の旦那ァ。何必死こいて読んでるんでィ?」

沖田は祭壇の上の生け贄みたいになっている近藤はそのまま置き去りにして、窓際に位置する坂田の席へと近づいた。

「沖田も見る?」

顔をあげた坂田はいつもの無表情で沖田に雑誌を差し出す。
素直に受け取った沖田が視線を手元にやると派手な彩色の文字が目に入った。その中央にはそれはもう見事な姿が。

「朝からエロ本。元気が良くて羨ましいねィ」

大して表情を変えずに沖田がページを捲る。

「脱いでるわりには小せーな。形も悪りーし」
「だろ?揉んでも気付かなそうだよな」

何やらポケットをさぐりながら沖田に同調する坂田。

「教室内で露骨な表現はやめてほしいな」
「伊東ウゼー」

ページを捲りながら伊東に毒づく。沖田の伊東に対する暴言はいつものことだ。
二人の仲は良くもないが悪くもない。積極的に会話を交わすこともないが、喧嘩をすることもない。こうやって間に誰かいれば一緒に過ごすことはある。わざわざ避けるほど意識していないというのが実情だ。
ただし、土方関係では恐ろしく息が合っていた。

「教室内では風紀を守ってもらいたいな。人目もあるし」
「そうか?教室でヤるより健全じゃね」
「いや。程度の違いはあれ、同じカテゴリーに属すると思うよ」

伊東と会話しながらもポケットを探っていた坂田が、「あった」と言いながら飴を取出した。それを迷わず口に放りこむ。

「伊東も見る?」

口の中でコロコロと飴を転がしながら、坂田は口元にニヤケた笑みを浮かべた。

「僕は興味ないからいいよ。その女性の胸は形が少しあれだからね。美乳だったら見たかったけど」
「微乳?」

沖田が顔をあげながら、伊東の口から出た単語を不思議そうに繰り返す。
坂田が軽く首を振った。

「伊東が言ってんのは美乳だよ美乳。さすが、年上の彼女がいる奴は違うね」
「いないよ」

伊東が即座に否定するが、口には笑みを浮かべたままだ。

「やっぱ年上はイイ?」

坂田がまたコロコロと口の中で飴を動かしながら尋ねる。興味本位で聞いてるのがありありと分かる。

「勘違いしないでくれないかな。彼女はただの知り合いだからね」
「へえ、もったいねえな」
「そうかい?」

口先だけの会話を繰り返していた時、ガリガリと飴を噛む音が止んだ。ぼんやりとした顔のまま坂田がクセのある髪を掻く。

「それよりもさ、暇だし、やらねえ?」

ヘラっと笑う坂田。
腰をあげ、伊東に顔を寄せる姿は完全に悪巧み会議だ。甘い香りが漂い、唇がモソモソと動く。

「いいね」

離れた坂田に伊東が賛成の意を伝える。珍しく、本当に楽しそうに笑っていた。

「面白そうなら混ぜてもらいやすぜ」

パタリと閉じた雑誌を机の上に放ると、沖田が言う。坂田が何かを囁けば甘い香りが漂い、沖田の表情が愉しげなものへと変わっていった。








通学路なんて大して変わらないと土方は思っていた。通り過ぎる木々や風景に季節を感じたとしても、別にそれは当たり前のこと。夏は暑く冬は寒い。春になれば花でも咲いて、秋には角の木に柿がぶらさがってる。(沖田がそれを取っては山崎に投げるのがいい迷惑だった)
それと同じで、学校生活も変わらなかった。喋って、喧嘩して、勉強して。
どれも代わり映えしない日常だった。

「土方、寝てんのかよ。そろそろ起きたら」

クラスメイトに話しかけられ、目が覚めた。いつのまにか寝ていたらしい。多分、午後の授業は全滅だ。
クラスメイトに礼を言い、周りを見回す。

「人いねーな」

近藤や沖田の姿も見えないが見当はつく。しかし、怠くて探す気にはならなかった。頭を動かしたせいか目眩がする。風邪をひいたかもしれないと思いつつ、土方は席を立った。

幾人かと短い挨拶を交し、下駄箱まで辿り着く。頭の中のぼんやりは治らない。
やはり風邪か。と思いながら、めんどくさげに下駄箱を開け、中へ手を突っこむ。その時、何かがカサリと指先をかすめた。

「……………なんだこれ」

B5サイズの紙を二つ折りにしたものを手に取る。中を見ようとそれを開くと、達筆とは言い難い筆文字で何かが書かれていた。



『微乳祭り開催中in土方の下駄箱』



―― グシャリ

青筋を立てた土方が白い紙もとい微乳祭りへの案内状を握り締めた。眉間には深い皺が刻まれる。
土方の眼前には微乳を曝け出した女の姿が広がっていた。まさに、微乳祭りin土方の下駄箱。
土方の形相がみるみる変わっていった。







「あれ?まだ居たんだ?」

委員会が終わり、Z組に戻った山崎は沖田を見つけて声をかける。教卓の上に近藤がいる事で沖田の目的が分かるのだが、こんな時間まで居ることが珍しかった。

「委員長、今帰り?」
「あ、ああ」

沖田の後ろから坂田が顔を覗かせた。一番後ろの窓側が坂田の席だが、沖田は坂田の机に腰掛けているようだ。そして、その隣はもちろん、

「お疲れさま。志村さんはもう帰ったのかい?」

知らない人は騙されるであろう爽やかな笑顔を浮かべた伊東が、手に文庫本を持ったまま山崎を見つめていた。

「帰ったよ。俺も忘れ物を取りにきただけで、すぐに帰る」
「ザキィ、なんで目が泳いでるんでィ?」
「いや……別に……」

嫌な三人が集まっていた。関わりたくはないメンバーであることに間違いない。

「どーしたんだ?」

沖田の言葉を聞き、傍らに居た二人も山崎へと探るような視線を向ける。急に注目を集めたことに怯むが、そこは腐っても委員長。

「いやー、なんでもないよー、アハハーハハー」

なんとか誤魔化すために作り笑いを浮かべた。

不意に目に入ったのが色。
それが坂田の机に開きっぱなしで置かれている雑誌だと気付くと、自然と視線はそこに寄る。それを目ざとく見つけた坂田が、

「委員長も見るー?」

と高らかにそれを掲げた。
ババーンと見開きでポーズをとるのは、一糸纏わぬ女性。何かをねだるような視線が山崎に突き刺さる。

「そ、それ!駄目だよ!」

委員長らしく注意をしてみる山崎だが、視線はあらぬ姿に釘付けだ。

「こんなのが好きなんだな。へー」
「意外に大胆だね」
「趣味悪すぎだろィ」

三人に攻められて返答につまるが、悲しいかな思春期真っ盛りの男子高校生。机の上へと戻ったあとも、目線はチラチラと卑猥な雑誌へ向かってしまう。
おもむろに雑誌を手に取った伊東がパラパラと捲ると何かを指差した。

「山崎くんは、好きなコにこうやってもらいたい?」
「は?え?はいいィ?」

伊東の細長い指先で示されたのはある企画ページ。
どれどれと覗き込む坂田と沖田がおー、と小さく感嘆の言葉をもらした。

「俺でもそれはやったことねえよ。ノーマルっぽく見えるやつに限ってアブノーマルなんだな」
「ザキもやりやすねィ。さすがの俺も一瞬、ザキを尊敬しやしたぜ」
「いや、違うよ。違うって!!やんないよ、そんなこと!!」
「じゃあ、どういうのが好きなんだよ」

誤解を解こうとしていた山崎に坂田から助け船が出された。意外だと思う山崎だが、からかうのに飽きただけというのが真実だろう。
坂田は無表情に頬杖をついたまま山崎を見遣る。

「え、俺は普通に…」

なぜ教室内で自身の恋愛感を暴露しなければならないのか、という疑問を抱きつつも真面目に考えてみる。
先程のえげつない質問より数百倍マシだ。

「山崎くん大好き……とか言われたら嬉しい…かな」









「へえ」
「そんだけえええっ!!」

あまりの反応の薄さに山崎が思わず大きな声をだしてしまう。それにすら反応がないので恥ずかしい。
まるで、勇気を振り絞り告白したつもりが軽くスルーされてしまった状況と同じだと、肩をおとす山崎。

「お前らしくていいんじゃね」
「…どうも」

坂田のヤル気のない声で慰められても虚しくなるだけだった。
早く帰ろうと決心した山崎が、口実探しに目線を彷徨わせると元々の原因である雑誌が目に入った。
淫らな女の子に注意を奪われていたが、よくよく見てみると数ページ破られている。エロ本が破られる理由なんて、ごく僅かだ。

「もしかして……やったの?」

何をと言わなくても男同士なら通じる質問だ。破れた箇所を指し尋ねてみると、坂田がニヤリと笑う。

「これじゃ勃たねーから使えねーよ。そうじゃなくて、賭けに使ったんだ」
「賭け?」

山崎が不思議そうに問えば、隣にいる伊東が補足する。

「このページのコを見せてどう反応するか賭けたんだよ。僕は、冷静に無視する…かな」

伊東が眼鏡をくいっとあげながら言う。

「俺は、意外に使うんじゃねーかと。で、沖田が」
「苛ついて物にあたるんじゃねェですか」

こんな風に、と山崎の座る椅子を思いっきり蹴る沖田。痛みはないが精神的ダメージは大だ。
しかし、それ以上に嫌な予感がしていた。
ごくりと唾を飲み込みながら三人の顔を見比べる。
山崎が意を決して尋ねた。

「あのさ、その賭けに使われてるの……誰?」


「――――――」

タイミングが良いのか悪いのか、山崎の携帯が震えだした。嫌な予感がする。
出ないわけにもいかず、山崎はおそるおそる携帯を耳に近付けた。

『山崎。坂田か沖田はいるか?』

底冷えするような声。あまりにも予想通り過ぎる展開に笑いたくなるくらいだ。(実際は全く笑えないが)

「あの、伊東くんもいますけど……」
『チッ、伊東もか……。Z組にいるんだな』
「いやあの、何もしてないみたいですよ!なんかみんなでエロ本読みながら賭けをしてただけで何も…」

なんとか穏便にすまそうとしたが墓穴を掘ったのが山崎にも分かった。

『………潰してやる』
「土方さん!ひじっ」

恐ろしい声と共にきれた電話。

「なんか怒ってたなー」

坂田が伸びをしたあと、面倒そうに立ち上がった。

「あれは怒るではなくて、キレてると表現するのが正しいだろうね」

机の上にあった文庫本をカバンにしまうと、笑みを浮かべたまま伊東も立ち上がる。

「旦那も伊東も俺も外しやしたぜ。正解はキレてZ組に乗り込んでくるでした」

沖田は窓を開け、下を覗き込む。ここは二階だ。

「みんな……何してんの」

山崎が呆然としながら三人の行動を見守る。山崎の勘が間違ってなければ、これは多分あれだ。

「土方に会うと面倒だから帰ろうかと思って」
「坂田くんが主犯だから僕は関係ないんだけど。まあ、面倒なのは確かだから帰ることにするよ」
「用事を思い出したんで帰りやすぜ」

それぞれが逃げようとしているらしい。まるで示し合わせていたかのように息ピッタリだ。残念なことに、山崎の勘は当たっていた。

「ちょっと待てええええ!!!」

山崎は今にも窓枠から飛んでいきそうな沖田の腕を掴みながら今日一番の声をあげた。

「ちょっとアンタら!!土方さんで遊んどいて逃げてんじゃねーよ!!キレた土方さんを静めるのがどんなに大変か知らねえだろ!!あの人はマジで鬼なんだよ!!怖えーよ!!」

一気にまくしたてる山崎。初めてみる委員長の怒りの形相に、廊下を通っていたクラスメイトも少しは驚いているみたいだった。
しかし、やはりというか、あまり効果はないようで。

「頑張れ」

と、坂田が山崎の肩をポンポンと叩き、そのまま何事もなかったかのように帰ろうとする三人。

「待って!待ってよ!!俺の好きなタイプまで聞いといて何だよ!」

意味不明な言葉を喚く山崎の手を振り払った沖田が、クルッと振り返る。

「土方にボコられるザキ好きー。近藤さんよろしく」

表情をピクリとも変えることなく沖田が言い放つと、ふわりと飛び降りた。
奇妙な単語が耳に入り山崎の眉間に皺が寄る。
伊東がその後に続こうと窓枠に手をかけ、山崎に微笑みかけた。

「土方くんに電話でわざわざ僕の名前をだした山崎くん好きだなー」

内容から察するに、山崎が謀らずとも告げ口のように伊東の名前を出したことにご立腹らしい。
しかも、またもや奇妙な単語。
大きく目を見開いたままの山崎はよそに、何の迷いもなく飛び降りた伊東は眼鏡な外見には似合わない運動神経を披露した。
固まる山崎を挟んだ隣の窓から飛び降ようとしていた坂田が、眠たげな表情のまま振り返る。

「窓閉めといて。あ、山崎チョーすきー」

ふわりと舞う白い髪はすぐに消えた。
坂田からも吐かれた奇妙な単語。好き。すき。スキ。
瞬間、山崎の脳裏に忘れたい場面が蘇った。

『山崎くん大好きとか言われた嬉しいかな』

山崎が語った、女の子に言われて嬉しい言葉。
その言葉を三人がそれぞれ山崎に告げる。
あれで、全ての面倒を山崎に押しつけて、しかもその事実を帳消しにするつもりなのだと悟った。最悪だ。人として最悪だ。

「ううう嬉しくねええ!!しかも棒読みじゃねーか!!特に坂田!後で思い出して付け足しただろうがぁ!!それ以前に男から言われたって仕方ねえんだよおお!!!」

嫌な予感は的中したが嬉しくもなんともない。
おまけに近藤の世話まで押し付けられて、ある意味不幸の棚からぼたもち。皿の上には不幸の餅が山盛りだろう。
このままでは巻き込まれるのは確実だ。
教卓に目を遣ると、幸せな夢でも見ているのか若干微笑んでいる近藤がいた。
山崎は深いため息を吐く。
時間はない。

(近藤さんごめん!!)

山崎は近くにあったプリントを裏返しマジックで何かを書いていく。それを近藤の額に貼ると真剣な顔で見つめた。

『全部俺が悪い。近藤』

手早く荷物をまとめると、足早に三人が帰宅した窓へと向かう。
二階だが下は土。
何より、三人とも平気な顔で飛び降りたのだ。
大丈夫と心に言い聞かせ、山崎はそこから勢いよく飛び降りた。

代わり映えしない毎日は少しずつ変わっていた。
その何かは確実に大きくなり、色づいていく。
周りの景色や日常すらも。それは坂田の机に置き去りにされた雑誌より、楽しくて色鮮やかなものかもしれない。
開きっぱなしの窓から、軽やかな風が吹き込んだ。




カラフルデイズ
2008.12.12

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