長編 | ナノ

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生徒会長発案による罰ゲーム付きクラスマッチ。
大多数の生徒に「なに考えてんだよ坂本会長!!」と非難されながらも、校内がその話題で盛り上がっているのは事実だった。
それは普段はのんきなZ組の生徒も例外ではなく、本来のイベント好きな性質に火をつけたようだ。
山崎と妙を中心に熱い議論が交わさる教室。クラスの命運を懸けたペア決めもようやく終わりが見えてきていた。

(・・・良かった。なんとか間に合いそうだ)

空欄が埋まっていく書類に目を落とし、山崎が安堵の息を吐く。今日中に全ペアを記入して提出だなんて無理だと諦めかけていたが、この調子だと余裕で間に合いそうだ。
ようやく肩の荷が降り、自然と笑みが浮かんでいた。

今日は朝から散々だったな、と山崎は思い返す。
近藤の後始末から始まった1日は、土方坂田伊東との胃が痛むやり取りへとなだれ込み、そこに桂と妙まで合流したと思ったらなぜか山崎がアイスを奢る約束をさせられてしまっていた。
変則的なクラスマッチは罰ゲーム付き。クラスの有力人物は省かれてしまう。
与えられた仕事は淡々とこなす山崎であっても、次々と問題が起これば疲れきっても仕方のないことだ。

まだまだ白熱中の輪から離れ、山崎は窓際で提出書類を確認する。これに全て記入し提出すれば大丈夫。今日はもう何もない。

「――――」

騒がしい教室の隙間から聞こえたメロディ。白熱しているクラスメイトは気付いていないようだ。
キョロキョロと辺りを見渡せば、今や人のいない教室後方に残った二人の内の一人が目に止まった。
窓際の一番後ろの席、そこで坂田が携帯で誰かと話していたのだ。
確かあの携帯は沖田のもので、先程のメロディは着信音なのだろう。だから聞き覚えがあったのかと山崎は一人納得する。
納得しつつも携帯は教室で使用禁止。山崎はクラス委員の性分で軽く注意しようと向かった。

「───あ、いいんちょー俺ちょっと癒されてくるから」
「え、え?」

携帯をきった坂田がかったるそうに立ち上がる。表情は相変わらず何を考えているか分からない。

「あの、癒されるって?」

山崎が戸惑い気味に視線を向ける。

「伊東が俺のことヤリチンとか言うからさ、銀さん傷付いてんのよ。癒されたいじゃん」
「いや気持ちは分かるけど、そんな理由でサボり宣言されても」
「山崎くん、気持ちは分かるってどういう意味かな?」

興味なさそうに本を読んでいた伊東がすかさず会話に割り込んできた。その自然な会話術に山崎は思わず感心してしまう。

「僕は間違ったことを言ったつもりはないけどね」
「だからお前は俺のチンコのなに知ってるわけ?どの女に入ったとか知ってんの?見たの?」
「キミはどの女性か覚えてるのかい」
「はあ?覚えてるに決まってんじゃん、ケツ触ったらすぐ分かるし」
「触らなくても分かるような相手と関係をもつのが普通だろ。ね、山崎くん?」
「そ、え?急にそんな話をふられても困るよ!」
「ああ、悪かったね。僕のせいでくだらない話に付き合わせてしまって申し訳ないな」

などと涼やかな顔で謝罪されても全く説得力はない。

「い、いやあ、そこまで言わなくても」
「そうかな。キミは外面がいいから、顔には出さなくても内心でどう思ってるか分からないだろ?今だってキミは間抜けな顔をして見せてるけど、心の中では「ペラペラうるせーんだよクソ眼鏡、おとなしく黙ってろ」なんて思ってたりしてるのかなって」

レンズの奥の目が細まる。笑っているようで笑っていない例のアレだ。怖いのはあんただよ!と山崎は思うが言えない。

「そんなこと思ってないって!ほ、ほら坂田くんからも何か言ってよ」

慌てて振り返ったときにはすでに遅し。伊東に気をとられている間に、坂田はするりと教室を抜け出していたのだ。山崎はいつの間にと驚いたが、伊東の反応は特になかった。
ぺタペタと引きずるような足音が遠ざかる中、山崎が閉められたドアを見つめ溜め息を吐く。
逃げられた。
しかし追う気はない。
連れ戻せそうにないから、気にはなるが深追いはしない。山崎には山崎のやるべきことがあるのだ。

「どこに行ったか伊東くんは知ってる?」

特にどうするつもりはないが、なんとなく気になったので聞いてみる。

「さあ。癒されに行くって言ってたからそうなんじゃないのかな」
「そういや言ってたね」

サボりの理由を思い出して山崎は苦笑した。

「あ、坂田くん電話してたけど、もしかしてあの電話が癒しとかに関係あったりするのかな。いいなー。俺も癒されたい」

朝から疲労困憊で、すべてを放り投げて癒されに行きたいくらいだ。
羨ましげに話す山崎を横目で見やり、伊東はふっと口元を緩めた。

「───あれで癒されるとは到底思えないけどね」
「なに?」
「志村さんが呼んでるよ」
「あ、わっ、やばいまだ途中だった!」

黒板の前で妙が手招きをしていた。プリントを山崎が持っているので記入できないのだろう。
慌てて向かう山崎の背中を一瞥し、伊東は開いたままだった本に視線を戻した。





生徒会長坂本の暴挙に慌てていたのはZ組だけではない。

「・・・つーことはだ、最下位だけじゃなく不参加者のいたクラスも全員罰ゲームってことか」

近藤は何度となく読み返したプリントを手に取って、ううんと唸った。

「でもこれ罰ゲームの内容はどこにも書いてねえんだよな・・・トシはなんだと思う?」
「俺に聞くなよ」

必要事項が全て埋まった提出書類をまとめながら、土方は眉間にシワを寄せる。
生徒の自主性を重んじている校風のせいかいやに仕事が多い。これをこなしながら近藤のフォローをするのは大変だっただろうと、リタイアした前の副委員の気持ちが分かる気がした。

「めんどくせえ・・・」

色んな意味をこめた土方の溜め息に近藤が笑う。

「まあそう言うなって。罰ゲーム付きのクラスマッチ、坂本らしいじゃねえか」
「だからめんどくせえんだよ」

土方にとって生徒会長の坂本という男は良くも悪くもマイペースという印象だ。
朗らかで人に好かれるカリスマ性の持ち主だが、かなりのトラブルメーカーでもある。

「あの野郎、面倒事ばかり増やしやがって」

ただでさえ突然押し付けられたクラス委員。素行は悪いが根は生真面目な土方は、任せられたことを放り投げることもできない。それがまた腹立たしいのだ。

「さっきの放送も、あれなんだよ。近藤さんは知ってたのか?」
「伊東の件か。いやあれは驚いたな。多分生徒会の奴らも本人も知らなかったんじゃねえか」

クラスマッチで競技に参加する人数が足りず、クラスの誰かが掛け持つならおかしなことではない。しかし違うクラスから誰かをレンタルするならおかしなことだと断言できる。
そんな突拍子もないことを思いつき、実行するのが坂本という男だ。
それだけではない。高杉と高杉を心酔する問題児が多数在席するJ組に、近藤派である伊東が加わる。これがどういう意味なのか。はたして偶然か。
土方は目を伏せる。切れ長の目元に影がさした。
数週間前に起きた近藤派と高杉派との喧嘩騒ぎを生徒会長である坂本が知らないわけがない。表沙汰になっていないとはいえ、情報は伝わっているはずだ。
火種はいまだ消えてない。

「今のこの時期にこんなのやって、暴れてくれって言ってるようなもんだろ」

今まで互いに牽制しあうだけですんでいたのは、近藤と高杉が互いに危害を加えあったことがないからだ。
近藤は基本的に同校生徒同士の争いを良しとしていないし、高杉は狭い内側での争いに興味がないらしく、その目は常に外へと向いている。グループ自体の仲は最悪でも、そのトップがいがみ合っていなければ大きな争い事は起きない。だから今まで一応平穏を保っていられたのだ。
しかしその均衡が崩れはじめている。
厄介なのはこれだけではなかった。

「トシ、またやったのか」

近藤は土方の手を見る。細かい傷痕の上に新しい傷。治りかけだが痛々しい。

「向こうからきたんだよ。俺は買っただけ」

髪で隠れているが、こめかみの辺りにも痣がある。素手で殴られてできた傷ではないだろう。よく見れば口の端にも治りかけの傷がある。整ったキツめ顔立ちに散らばる暴力の痕跡。

「まあ聞かなくても分かるが、勝ったんだろ?」
「当然」
「勝ったにしては傷が多いな。せっかくの色男が台無しだ。相手さんの数が多かったのか」
「まあな。あんただって傷だらけじゃねえか」
「それもそうか」

椅子に座り直した近藤は頭を掻きながら笑った。
校内でこそ喧嘩はしないが、近藤は一歩外に出れば容赦のない男だった。そのほとんどは売られた喧嘩を買うだけだが、圧倒的な強さで返り討ちにしてしまう。それは土方や沖田も同じだ。強い彼らに憧れる者も多いが、それ以上に敵も多かった。

「トシの言う通りだな。今の状況で何かが起これば騒ぎは大きくなる。坂本もそれは分かっているはずだ。生徒会長として考えてることはあるんだろうが・・」

少し間が空き、珍しく言いよどむ。

「・・・本当に、なに考えてんのかねアイツは」

近藤は椅子の背もたれに寄りかかりながら小さく笑った。
土方と坂本にそこまでの関わり合いはないが、近藤は役職上それなりに付き合いはあるようだ。似た気質を持っているだけに、話が合うのかもしれない。

「あんたにそっくりじゃねえか。好き勝手して周りを巻き込んで騒ぎを大きくして」

土方が呆れたように唇の端を上げる。
坂本は頭の良い男だ。一見どれだけ周りを騒がせたとしても、最終的には目的を果たしている。
それは近藤も同じで、どれだけ騒ぎを起こしたとしても最終的には上手く事が運んでいるのだ。

「トシがフォローしてくれるから俺は好き勝手できるんだよな」
「俺に責任転嫁かよ」
「まさか。それだけ頼りにしてるっつーことだ!ありがとな!」

そう言って、にかっと屈託なく笑う近藤。それに呆れつつも、土方はつられるように表情を和らげた。


2013/05/06

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