長編 | ナノ

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一難去ってまた一難とはこのことだろうと、山崎は嫌というほど実感していた。

「だーかーらー俺の話しを聞いて!」

こんなふうに同じことばかり叫ぶのにも飽きてきた。というより山崎の喉が限界に達しようとしている。精神的にもヘトヘトだ。

「まずペアを組む!!それを俺に教える!!分かった!?分かるよね!?分かってよ!!」

若干語尾が乱暴になるのは仕方がない。それほどまでにZ組は殺気立っているのだ。

「・・・大変ね」

教卓に立つ山崎の傍らで、妙が困ったように笑う。いつもの笑顔に疲れがみえていた。

「クラスマッチって、もっと気楽なものだと思ってたわ」
「大抵はそうだと思うよ。ただ――」

教卓の真ん中に置かれた一枚のプリントを、山崎と妙はじいっと見つめる。

「うちは生徒会長があの人だからね」

山崎はそこに書かれた文字を読み返し、何度目かの苦笑いを浮かべた。



事の起こりは数十分前に戻る。

生徒会長である坂本の校内放送で騒がしくなった教室も、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。

「―――でもまあ、大丈夫だと思うよ」

山崎が教室内をぐるりと見渡して曖昧に笑う。

「全員参加なら罰ゲームは免れるわけだし、なんとかなるんじゃないかな」

今回のクラスマッチでは、理由なき不参加者のいるクラスが連帯責任で罰ゲームをすることになっている。
ということは、とにかく全員参加さえすれば罰ゲームは受けなくてすむのではないかというのが山崎の言い分だった。
確かに山崎の言う通りではあるのでクラスメイトからの反論はない。面倒ごとには一番煩いであろう伊東からも特に意見はないようで視線すら合わない。(坂田に関しては完全に夢の世界に旅立っている)

「じゃあ、さっそくペア決めをしようかな。えーと・・・・」
「はい。これでしょ?」
「あ、ありがとう」

妙から差し出された資料を受け取り、前を向く。
このまま何事もなく進められそうだと思ったとき、

「邪魔するぞ」

という声が聞こえたと同時に、元々開いていた窓から一人の生徒が顔を出した。その顔を見て教室内が騒つく。

「桂くん、どうしたの?」

いち早く反応した妙が驚きつつも桂に歩み寄った。

「騒がせてすまないな。生徒会から連絡だ」

突然現れた桂の端正な顔立ちに大半の女生徒が見惚れている。顔は完璧だが中身がアレだということはまだ一部にしか知れ渡っておらず、こうやって桂に憧れている生徒も多いのだ。たくさんの熱い視線を浴びているのだが、そんなことなど意に介さない桂はいつも通りの涼しげな佇まいを崩すことはない。

「先ほどの放送で坂本が言い忘れたことがあるらしくてな、それがこれだ」

差し出された一枚のプリントを妙が礼を述べてから受け取る。

「桂くんが配ってるの?」
「ああ。あの後、坂本が放送器具を壊し、校内放送ができないらしい」

坂本らしいエピソードに思わず笑ってしまった妙だったが、視線をプリントに走らせると微かに眉根を寄せる。

「あいつはクラスマッチを和やかな親睦会にする気はないようだ」

すべてを悟りきったような桂の言葉に、妙は肩を竦めて笑った。




「えー、坂本会長からのお知らせです」

桂が去ったあと、妙から手渡されたプリントを読み上げる山崎の声に教室が静まった。

「罰ゲームは理由なき欠席者がいるクラスと、各学年最下位のクラスとする。最下位のクラスが複数であった場合、その全てのクラスに罰ゲームが科せられる。なお、罰ゲームの内容は秘密。お楽しみにー」

静かだった教室にどよめきが生まれる。これで出場するだけで大丈夫説はなくなった。全クラスが死に物狂いで参加するはずだ。やはり気合いを入れて挑まなくてはならない。
クラス委員である山崎と志村、そしてなぜか別クラスの委員としてレンタルされる伊東は運営側となり競技には参加できない。運動能力において秀でた三人が参加できないダメージはかなり大きい。
しかしまだまだ余裕だった。なぜならZ組にはもう一人、やる気になりさえすれば意外とやる男である坂田がいるからだ。甘いものに目が無い彼をお菓子で釣って上手く参加させることができれば、一番は無理でもビリにはならないだろうとZ組の生徒は楽観的に思っていた。
しかし、その望みは山崎の口から告げられた坂本会長からのお知らせによって打ち砕かれたのだ。

「ついでに、生徒会と各クラス委員だけでは足らないので、美化委員も運営側とする。よろしくね。坂本より」

文末でイラッとさせながら簡潔に宣言されたのはZ組にとっては致命的な通告。
教室が波打ったように静かになり、皆の顔に焦りの色が浮かぶ。なぜなら――、

「坂田くん。キミのお友達が手助けしてほしいらしいよ」

伊東が隣で居眠りをする男に声をかけた。
各クラスに美化委員は一人しかいない。美化委員一人が競技から抜けるくらい、特に影響はないのかもしれない。しかし、このZ組の美化委員は最後の切り札であった坂田なのだ。

そして今に至る。



坂田不参加が判明し、いつもはのんびりとしている教室内が殺気立っていた。とにかく勝たなければならない。どういう競技が行われるか分からないが、このペア決めが勝敗を決めるうえで重要であるのは誰の目にも明かだった。つまり、ペア決めこそが競技前のクライマックスであるともいえる。
教室の前部分に生徒が集まり、熱い議論を繰り広げている。まとめ役の山崎と妙も意見を調整するのに大忙しだ。

しかし、教室の後方はガラリと雰囲気が変わる。
坂田も伊東もペア決めには不参加の為、ある意味二人だけの自習みたいになっていた。

「もじゃもじゃのくせにしょーもねーこと考えやがって」

椅子に浅く腰かけた坂田がぼんやりと呟く。良い気分で眠っていたところを妙に起こされて少々機嫌が悪いようだ。

「何もかもが坂本くんの思惑通り、ということかな」
「あー?あんなのただの思いつきだろ」
「そうかな。彼は結構な策士だよ。人当たりが良いから分かりにくいけどね」

教室内の騒めきを眺めながら伊東が軽く笑った。

「たかがクラスマッチ。それをここまで、良くも悪くも人を引き付けるイベントに仕立て上げている。色々と興味深いな」
「そうかね」
「それに、キミは疑問に思わないかい?」

伊東の声が一段低くなり、切れ長の目が細くなる。

「このクラスマッチはまるで、特定の生徒と他の生徒を分けているようだ。僕らを含めてね」

生徒会の手伝いとしてクラス委員と美化委員が選ばれた理由に特別なものはないのかもしれない。しかし、そのメンバーを並べてみれば奇妙な繋がりが見えるような気がするのだ。
しかし坂田は心底興味がなさそうに欠伸をする。

「どーでもいーわ」

頬杖をついてボリボリと頭を掻く姿はいつも通りのもの。伊東もそれ以上話を続ける気がないようで、組んだ足の上にある本に視線を戻した。
そんなタイミングを図ったかのように、机の上に出しっぱなしだった沖田の携帯が再び鳴り始めた。教室内の熱気に紛れて音が前まで届いていないらしく誰も気にする様子はない。

「誰だよウルセーな。電源きってりゃ良かった」

他人の携帯だからと、そのまま放置するつもりだった坂田は不意に動きを止めた。表示された名前が坂田の視線を奪う。

「また近藤くんかい?」
「・・・いや」
「へえ。じゃあ誰から」

顔を上げた伊東に坂田はへらっとした笑みを返す。

「俺から」

そう短く告げて、通話ボタンを押した。



2011.1.26

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