長編 | ナノ

 ホワイトノイズ(沖田+土方)


空気は乾いているが、日差しに温められた肌は熱をもつ。そんな日。
アイマスクにかかる薄い茶色の髪が揺れる。いつもなら午後の授業まで寝ているのだが、皮膚を刺激する熱が沖田を覚醒させた。
僅かに上げた瞼の先は闇。もちろんそれはアイマスクを着けているからであり、再び瞼を閉じればすぐにでも心地よい夢の中に戻れそうだ。熱を帯びた乾いた風が肌を温めるのも眠気を誘う要因である。
そんなとき、沖田の耳が声を拾った。笑い声だ。どこかで聞いたことのあるそれは心地よい風と共に沖田の髪を揺らす。
このまま無視して寝ていても良かった。しかし気になってしまったのも事実で、沖田は顔を上げアイマスクをずらした。
まず認識したのは光。眼球に直接射し込む光が眩しくて目を細める。世界が白く発光しているようだ。
また声がする。沖田は次第に明確になる視界の中にその光景を映しこんだ。
教室の一角。太陽の光が差し込む窓際。そこに数人の女子が集まっている。年頃の女の子が集まってお喋りに興じている姿など特に目新しくはない。ただ、時折窓の下を見てはクスクスと笑う姿が目についた。なんだかとても楽しそうで、なにがそんなに楽しいのかとも思う。
僅かな逡巡のあと、沖田は体を起こすと机の上に置きっぱなしだったペットボトルのお茶をあおった。喉の渇きを潤し、思考をすっきりとさせる。そしてアイマスクを首から下げたまま気まぐれに足を向けた。

「下になんかあんのかい」

突如現れたクラスメイトに女の子逹は一瞬ぽかんとする。話しかけてきた相手が沖田だったからだ。

「なにがそんなに面白れえんだか」

顔を赤らめ戸惑う女子を気に止めることなく、沖田は窓枠に手をかけ窓の下を覗きこんだ。
犬か猫か。正直、そんなものだろうと思っていた。学校に現れるものであればそんなところだ。沖田自身、特別動物が好きなわけではないのだが、なんとなく興味本意で見てみたかっただけ。なんの期待もしていなかったが、ある意味期待は大きく裏切られた。
犬でも猫でもない。
代わりにいたのは沖田もよく知る一人の男子生徒だった。

「もうすぐ昼休みも終わるし起こそう思って声をかけてるんだけど」

窓から顔を出す沖田に後ろから声がかけられる。

「でも、あんなふうに寝てることなんて滅多にないから、起こすのも可哀想だよねって話してたんだ」
「そうそう。それになんか可愛いしね」
「可愛い?」

あまりにもあの男に似合わない形容詞に思わず振り返る。いきなり視線を合わせてきた沖田に多少の動揺は見せるものの、可愛いと言った女子は周りの友人に同意を求めた。

「いつも怖い顔してるから、ああいうのはギャップがあって可愛いよねって」
「うん。カッコいいけど可愛いって感じ?」
「それに珍しいし。ギャップっていうか、普段と違う感じがいいよね」
「いつもはカッコいいから余計に可愛いみたいな」
「そうそう!」

沖田を置き去りにしたまま盛り上がる会話。元々テンションが上がっていたこともあるが、基本的に明るくお喋りな彼女達は沖田の存在を忘れたように会話に花を咲かせ始めた。

「可愛いねえ・・・」

一言呟いて顔を戻す。
相変わらずその場所にいる男。
窓のすぐ側に植えられている大きな木の、所々から土が見える芝生の上。さんさんと注ぐ日差しは、絡み伸びた枝に遮られ木の根元に不規則な網目模様の影を作っている、そんな場所。そこに黒髪の男はいた。正確にいえばかなり本気で寝ているのだ。
いつも不機嫌そうにしかめられた顔は緩やかに綻び、鋭い眼差しは薄い瞼で隠されている。木陰ではあるが多少眩しいのだろう、眉根が微かに寄せられていた。

「可愛いかね。アレが」

ただの短気な暴力男じゃねえかと沖田は頬杖をつく。
後ろではいまだに女子が騒いでいるが会話に加わる気は更々ないので、沖田は楽しげな会話を耳のふちで流しながら窓の下の男を眺めていた。
緑色の草の上で眠っている男の周りには誰もいない。喧騒すら遠いのかもしれない。まるで隠れるかのように、男は静かにいるのだ。


あの人は、いつから一人でいる時間が長くなったのだろうか。


沖田の脳裏に疑問が過る。その疑問は今思い付いたようでもあり、ずっと心の中に引っ掛かっていたようでもあった。
沖田と男は長い付き合いである。いつも馴れ合っていたわけではないが、それでもずっと一緒にいた。男よりも付き合いの長い近藤と三人で、くだらないことばかりやってきたのだ。
自分勝手な沖田と違い、男はいつでも周りに目を向けていた。輪の中心になりやすい近藤の傍らで、近付きすぎず、しかし何かあればいつでも対応できる距離で男は静かに全てを見つめていたのだ。
しかし今はどうだろうか。
沖田は男の顔の横に投げ出された手に視線をずらした。真新しい包帯の巻かれた手は力なく置かれている。一体いつ、あの手はああなったのだろうか。頬にある痣はいつからだろうか。痛々しく切れた口の端は。
最近の男の様子を何も知らないことに気付く。元々沖田は他人に干渉するタイプではない。だから知らなくて当然であるし、お互いが認識していないことなどたくさんある。
それでも、微かな違和感が胸のうちを引っ掻いているのだ。


軽やかな笑い声が爽やかな風に乗る。
この声を沖田は聞いたことがあった。
今ではない。彼女達ではない。
眩しい日差しを浴びながら記憶を遡っていく。
瞼の裏に浮かぶ光景。聞こえる笑い声。
眩しい光の先に二つの影。
あの人に笑いかけていたのは誰だったのだろうか。


沖田はおもむろに自分の席へと向かった。急に動き出した沖田に側にいた女子らは戸惑っていたがそんなの知ったことではない。机の上に置いてあったペットボトルを手に取り、再びあの窓際へと向かった。
窓の下には同じ位置で寝息をたてている男。それを確認しフタを開ける。そしてペットボトルを窓の外へと突きだすと、なんの躊躇もなくそのまま真下へと傾けた。
きゃっ、と後ろで声が上がるが無表情のまま無視をする。
キラキラと光をまといながら落ちていく透明な液体。風の影響を受け弧を描くも、それは気持ち良く眠りこける男の顔に着地した。広がる飛沫。光が散る。髪や制服の襟をも濡らし、それと同時に男が飛び起きた。
あまりの衝撃に言葉が出てこないようだ。若干寝惚けているのかもしれない。自分に何が起こったのか確認するように濡れた髪や頬に触れている。

「あ、起きやしたか」

その声に男は勢いよく顔を上げた。
沖田が空になった容器をベコッと握り潰す。

「授業が始まりやすぜ、土方さん」
「・・・・沖田か」

男――土方は目を細め上から顔を出す沖田を認識する。そしてより一層眉間に皺を寄せた。

「感謝してくだせえよ土方さん。起こしてやるのに俺のお茶が台無しになりやしたからね」
「感謝だ?てめえこの有り様を見てみろ」
「水も滴るイイオトコって言いてえんですかい?随分と面の皮が厚いことで」
「言うかクソが」

不機嫌そうに舌打ちした土方が手のひらで顔を拭い、垂れた前髪を掻き上げた。沖田の後ろで女子の歓声が上がる。どうやら会話を一時中断しこっそりと土方の様子を見ていたようだ。先ほどよりもまた一段階テンションが上がっている。

「土方さんは可愛い系らしいですぜ」

後ろの騒ぎを聞き流しつつ、沖田が土方に話を振る。

「あ?なにが」
「さあてねい。俺が聞きてえくれえだ」
「じゃあ言うな」

土方は面倒そうに舌打ちし、もう一度濡れた顔を拭う。その顔の真新しい傷が痛々しい。

「土方さん」

握りつぶした透明な容器を見つめながら沖田が口を開く。

「その顔、前より一段と男前になってんじゃねえですか」
「・・・関係ねえだろ」

土方の言葉はもっともなので、沖田は「そーですねえ」と返した。干渉をするつもりはない。土方には土方なりの思惑があるのだろうだから。だが、耳に残ったままのノイズが胸の内の微かな違和感を刺激する。それを見過ごせるほど沖田は大人ではなかった。

「そういう楽しいデートには俺も呼んでくだせえよ。最近暇すぎてジャンプばっか読んでまさあ」
「そのまま大人しく定期購読してろ」
「俺よりよえーくせに黙って喧嘩すっから怪我すんですぜ」
「よえーは余計だ」
「俺が土方さんに負けたことありやしたかね」
「あったな」
「ねーし」
「あっただろうが。だいたいてめえが汚ねえ手を使わなきゃ楽勝で勝てんだよ」
「溜まりすぎて記憶障害がおきてんじゃねえですか。すぐにヤらしてくれる頭も股も緩い女を紹介しやしょうか。って無理か。マゾで奥手なトシくんには荷が重いか」
「よし分かったそこから動くなよ。しばらく動けねえようにしてやっから」
「そりゃあ土方さんのテクニックで骨抜きにしてやんぜってことですかい?でも俺ホモじゃねえんで勘弁してくだせえ」
「そんなこと言ってねえだろ!!!」

勢いよく立ち上がった土方が何事か叫んでいるが、沖田は後ろにいた女の子達が差し出した飴に気をとられて顔を引っ込めた。
すぐに「そこから動くなよ!!」という声が聞こえたが特に返事をせずレモン味を手に取る。
飴を口に放り込みながら窓から顔を出すと土方の姿はどこにもなかった。先ほどまで寝ていた場所が若干濡れている。

「あらら、行っちまいやしたか」

飴をガリガリと噛みくだきながら辺りを眺めていると、少し離れた位置から大きな音が聞こえてきた。土方が苛立ちを何かにぶつけるために蹴ったか殴ったかしたのだろう。ゴミ箱か傘立てか。なんにせよ学校の備品への破壊行為は美化委員としては見逃せない。そういう口実で土方を弄れることはもっと見逃せない。
後で委員会に報告しておこう、などと呑気に思いを巡らせて。首にかけていたアイマスクを定位置に戻し、沖田はふわっと欠伸をした。


ホワイトノイズ

2011.03.24

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