yellowsunshine(坂田+伊東)
2.「馬鹿!そんぐらいわかれ!」
5.「ぶっぶー。ハズレでしたー」
台詞バトンを元に書き日記に載せていた小話です。
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静かな校舎の中、ペタンペタンと引きずるような足音が廊下に響き渡る。外ではセミが競い合うように鳴き、自身の存在を主張しているようであった。
太陽がギラギラ眩しくて、暑さが骨の髄まで染み込んでくる。
半分閉じたような目をした坂田は物音一つしない教室の前で足を止め、扉をガラリと開けた。
風が吹き抜ける。
「―――めずらしー。サボってんの?」
がらんとした教室には人影が一つあった。一番後ろの席で本を広げていた伊東は怠そうに入ってくる坂田を一瞥し、また視線を紙の上に戻す。
「また派手な遅刻だね」
眼鏡の奥にある涼しげな目元は暑さを感じさせない。彼の周りだけ夏を忘れてしまっているようだ。
坂田は教室を横切り、伊東の隣である自分の席に座る。この時間だとちょうど窓際が木の影になり、暑さも幾分か和らいでいるように感じられた。
「今なに?」
「体育だよ」
「プール?なら入りてぇ」
「男子はサッカー、女子はソフト」
「じゃあ無理。溶ける」
坂田はストローを紙パックに差し一気に飲む。ベコンと紙パックがへこんだ。
「あー生き返る」
「そんな甘ったるい液体を飲み干したところで余計に喉が乾くだけだと思うけどね」
「おいおい、いちご牛乳なめんなよ」
「なめないよ」
「なめさせねーよ」
また紙パックがベコンと鳴る。
「あーあちぃー……暑さって人をダメにするよな」
「へえ……例えば?」
「今ならタダでヌードモデルになってやんよ」
「ハハ、確かにダメになってるね」
「こんだけ汗かいてたら服の意味なくね?」
「脱いでも暑さは変わらないよ。一枚何かを羽織っている方が涼しいらしいしね」
「………それって、全裸の女よりパンチラの方が燃えるってことだな」
「そうは言ってない」
「俺、全裸は萎える派」
「知りたくもない情報を聞かされるほど苦痛なものはないな」
「クソ暑いときに伊東と会話するほどつまんねぇもんはねーわな」
互いに視線を合わせないまま続いていく会話。表情すら変わらない。
坂田はストローをくわえたまま机の中にあった雑誌を開き、パラパラと捲り始めた。時折吹き込む風が心地よい。
「残念だったね」
投げ掛けられた言葉に坂田が顔を上げると、伊東が読めない笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「あ?」
「プール」
「なに」
「見たかっただろ?志村さんの水着姿」
はっ、と坂田が笑う。
「見るならもっとボリュームのあるおっぱいが見てーわ。あんな前か後ろか分かんねぇ、まな板女のおっぱい見たってオカズにもなんねーし」
「キミは彼女を気に入っていると思っていたけど」
「別にー」
「別に、か」
そういうことにしておくよ、と伊東が眼鏡に触れる。
風がまた吹いた。
「お前は?」
「なんだい」
「気に入ってんじゃねーの」
ズズーと音をたてジュースを飲む坂田の視線は下に落ちたまま。
「やはり、キミは」
真顔になったのは一瞬で、伊東はすぐに笑みをつくった。
「おい。どーせくだらねえこと考えてんだろ」
「そうだね。くだらないよ、とても。でも面白い」
「伊東さん悪い顔になってますよー。いつもの優等生面で隠した方がいいんじゃないですかー?」
「馬鹿だなキミは。僕は優等生面をしているんじゃなくて実際優等生なんだよ。それくらい、頭の中に粉砂糖が詰まってる坂田くんでも分かるだろう?」
「はいぶっぶー。ハズレでしたー。頭の中に粉砂糖が詰まってたら動いてねーから。それに普通の男子高校生の頭ん中には漫画とゲームとヤラシーことしかねーからね」
「僕は違うよ」
「冗談はその嘘くせー笑顔だけにして下さーい。ウゼー暑いー暑苦しー」
「確かに。こうも暑いと太陽を落としたくなるな」
自分への悪態をスルーした伊東が窓に目を向ける。
眼鏡越しに見える世界も変わらない。夏はまだこの世界に居座っているのだ。
坂田がふぅっと紙パックを膨らませる。そして名残惜しげに少しだけ残ったジュースを飲むと、今度こそへこんだ紙パックを握り潰した。
「坂田くん」
「あん」
「やっぱり好きだよね」
「しつけーな。そんなに気になるってことは、お前が好きなんじゃねーの」
「誰を?」
「知らね」
坂田の投げた紙パックが弧を描いて飛んでいく。ゴミ箱のふちに当たって入ったそれを見て「この距離ですげくね?」と口の端を上げた。
すっかり手持ちぶさたになった坂田だが、暑いので机にうつ伏せになる気もおきず教室の床に寝そべった。寝心地は最悪だが、冷たい床はひんやりとして気持ちがいい。
「あーしあわせ」
「良かったね」
「伊東。一回五百円で腕枕してやろうか」
「あとで土方くんに勧めておくよ」
「土方くんはヤニくせーから一回二千円です」
「それを聞いたら彼も禁煙するだろうね」
「アイツもさ、しょーもねえことに悩んで色々我慢してるみてーだし、俺の腕枕で癒されてぇだろ」
坂田が乾いた笑い声をもらした。それは馬鹿にしているというより、どこか仕方ないといったような声。
伊東は何かを考えるように目を伏せた。
「―――もしも、僕が彼女に恋愛感情を抱いていると仮定したら」
緩やかな風が髪を撫でていく。
「彼女に言い寄っている近藤くんには悪いけど、注意すべき相手は彼じゃない」
伊東の視線が一人の男で止まった。
「そして坂田くん。キミでもないよ」
二人きりの教室に静寂が訪れる。
床に仰向けになり教室の電灯をぼんやり眺めていた坂田が、ハァと息吐いた。
「伊東さぁ、暑いからって俺にあたるのやめてくんない?」
「あたってはないよ。ただ、この気温の中でサッカーをする体育教師に腹が立っていたものでね」
「とばっちりかよ」
そう言って、坂田はゆっくりと目を閉じた。もう会話をする気はないらしい。
「―――キミの言うとうり、暑さは人をダメにするな」
返事を期待しないまま呟いた言葉は静かな教室に響いて消え、伊東はまた文字の波へと視線を泳がせた。
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すみません長くなってしまいました。この二人を書くと無駄な会話が多くなってしまいますね(笑)
伊東くんの「キミでもない」という台詞は、「志村さんって好きな人がいるだろうけど、その相手はキミではないし、キミはその相手を知ってるよね」というのを遠回しに伝えてます。坂田くんが妙ちゃんに惚れてるかも?ってのを前提として。伊東くんの台詞は基本的に遠回しなのでめんどくさいです(書いてるのは自分)
でも大好きだ伊東くん!書いてて楽しすぎる!いくらでも書けるよ!
土方くんが我慢してることも、なんとなく伝わりますかね。妙ちゃんとくっつく前と言えば伝わりますでしょうか。
この小話は長編に沿ってますので、あとで長編のところに移動させようかと。
結局ね、坂田と同じで、伊東くんもプールに入りたかったらしいです(笑)
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