長編 | ナノ

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教室というのは閉鎖的であり開放的でもあった。
そこは隙間がないくらい音に満ち溢れた場所。
幾人もの足音。机や椅子が動く音。話し声笑い声囁く声。溢れ続ける音は次から次へと流れていき、そのまま消える。自分の呼吸音が耳に残らないように、教室で奏でられる音は当たり前のもので、そこにある事が普通だった。
だからだろう、懐かしの童謡が流れてきてもそれに反応する生徒はいなかった。聞こえていないわけではない。ただ、形成する音の一つとしてあるだけなのだ。
のんきな音色は教室に溶け込んでいった。

伊東がその音色に気付いたのは、それがすぐ隣から流れてきたことと、聞き覚えがあったからだ。

「鳴ってるよ」

優雅に組んだ足の上に小難しい本を広げた伊東が、隣に視線を送る。

「あー、俺か」

声をかけられた坂田は、欠伸を噛み殺しながらポケットを探った。
教室内では電源を切るか、せめて音を消すくらいの気遣いがあっても良いものだが、自分のではないので対して気にならないらしい。

「さっきと違うな」

坂田がいまだに歌い続ける携帯をつまむように持ち、その眠たげな目を向ける。
違うとは、廊下で騒いでいた時に鳴った某アニメソングのことだろう。

「メール……じゃねえな」
「沖田くんかい?」
「んー、違う。これあれだわ、ゴリラだ。うわ、めんどくせー」

ディスプレイに表示された名前は、先ほどまでそこの廊下で気絶していた人物。
その名前に片眉をあげた伊東が黒板の上にある時計を確認する。

「もう目を覚ましても良い頃だね。山崎くんが帰ってくるのも早いかな」

土方と一緒に近藤をA組まで連れて行った山崎。その近藤が目覚めているのならA組にいる意味がない。
それに、もう担任が来てもおかしくない時間だった。

「アイツなんでかけてきてんの。沖田のを俺が持ってるって知らねーのかよ」

半分閉じたままの目で携帯を見る。でる気は全くないらしい。

「沖田くんの携帯にかけたら白髪のバカに繋がるとか言われて試したのかもね。それとも、死んだ魚より腐った目をした天パとか。どちらにしろ彼の行動は分かりやすくていっそ興味深いな。坂田くんはそう思わないかい?」
「思わねーし話しなげーし何げに俺をバカにしてね?」

得意気に喋る伊東に冷めた視線を送る坂田。手に持つ携帯はすっかり静かになっていた。




「どうやったんだい」
「何が?」

坂田が沖田の携帯をぼんやり眺めながら問い返す。
伊東は読みかけの本を膝の上に広げたまま、坂田を見て微笑んだ。

「土方くんを口説き落とした方法が知りたいと思ってね」
「あ、そういうこと」

坂田は無造作に携帯を置くと、銀色の髪をぐしゃぐしゃと掻く。

「そんなの知ってどうすんだ」
「興味があるだけだよ」
「そんなのに興味もつより噂の年上美女に興味もてよ、もったいねー」
「君もしつこいね」

伊東が苦笑いを浮かべる。
坂田からこの話題をだされたのは何度目だろうか。

「本当にただの知り合いなんだけどね」
「だから、もったいねーって言ってんだよ。あれ、どう見たってお前に気があんだろ。とりあえず一回押し倒してみろって」
「僕がするわけないだろ、そんな君みたいなこと」

呆れた口調で言えば、坂田が再び「もったいねー」と呟いた。

「それはいいから。質問に答えてくれないか」

溜め息まじりに吐かれた言葉。伊東のこういった様子は珍しかった。他人についてなら饒舌なのだが自分自身の色恋話しについては苦手らしい。
伊東が話題を戻そうとした時、あまり表情を変えることのない坂田の口端が嫌な感じで上がった。

「もしかして、好きなやつがいるとか?」

唐突な言葉に伊東が少しだけ眉を寄せる。

「本命がいるから手をださねーんだろ?伊東くんは真面目だからなー」

どうやら坂田の中で勝手に答えがでたようだ。
伊東が年上美女など眼中にない理由。
それは本命がいるから。

「おいおい誰だよ。あんなナイスバディーなお姉様よりいい女って誰だよ」

すっかり決め付けている坂田だが、突拍子もない質問にさすがの伊東も返答に困った。不意をつかれたというか、虚をつかれたというか。
どうやってやり過ごそうかと考えを巡らせていたとき、花のような清潔で優しい香りに気がついた。

「伊東くんが困った顔してるの、珍しいね」

その香りの人物は伊東を見て笑ったあと、坂田が机に放ったままにしてある携帯を指差す。

「それと、携帯はそろそろしまってね。坂田くんのでしょう?」
「いや、沖田の」
「預かりものなら大切に扱わないとダメじゃない。こんなところに置きっぱなしにして」

丁寧な動作で携帯を手に取ると、坂田へ差し出した。

「へいへい、志村さんは優しいですねー。その優しさを近藤にも分けてやればいーのにな」

と、反抗的な返答をしつつ受け取った携帯を素直にしまう坂田。妙はそんな坂田の様子に目を細めた。

「そういえば、沖田くんの携帯を君が持っているなら、君の携帯は誰が持ってるんだい?」

話題が自分から逸れたことで、いつもの嫌味なほど自信満々な態度に戻った伊東は、根本的な疑問を口にする。

「沖田じゃねーの?」

確かに、自分の携帯の代わりに沖田の携帯を持っているなら、その逆を考えたらいい。

「沖田くんね……」

そう言って、伊東はフッと口元を歪めた。何かしら思うところはあるようだが、今すぐ言うつもりはないようだ。

「あ、帰ってきたよ」

廊下の方に視線を向けたまま妙が明るい声をあげる。
派手な足音が近づいてくるのが分かった。

「山崎くんの帰還だね」
「そーだな」

勢いよく開いた教室のドアから山崎の姿が分かる。
朝から気苦労の多い委員長は、既に疲労困憊気味だ。

「じゃあ」

と軽く挨拶した妙が、入り口で固まっている山崎の元へと行きかけ、立ち止まった。くるりと振り返り坂田を見遣る。

「今日はサボらないでね」

からかうように妙が微笑めば、坂田は「へいへい…」と、めんどくさそうに返事をした。


2008.12.15

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