長編 | ナノ

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「そろそろ行かないと遅刻だな」

山崎が奢ることになった高級アイスクリームに蕎麦味もカレー味も存在しないことを理解した桂が、教室内にかけられた時計を確認する。確かに、時計の針はそろそろチャイムのなる頃に近づいていた。

「ヅラのクラスって朝から人いんの?」

坂田が疑問らしからぬ疑問を投げ掛ける。馬鹿にしたような質問だが、相手が問題児揃いのJ組に在籍している桂だからこそ成立する質問だ。

「いなくとも俺がいる」

即答。
効果音が入りそうなほどハッキリと答える桂。ある意味清々しくて気持ち良いくらいだ。
問題児クラスの委員長としては大正解の言葉を残し、桂は颯爽と去っていった。

クラスメイトに呼ばれた妙も教室の中へと戻る。その際、「山崎くん、ダッツ忘れないでね」と、山崎が奢る羽目になったアイスクリームについて念を押すのも忘れなかった。


「疲れた……」

山崎が実感のこもった感想を漏らす。
色んな意味で濃いメンバーが一ヶ所に勢揃いしただけに疲労困憊だ。その上、一触即発な雰囲気が流れたとあっては山崎の胃も悲鳴をあげるというものだ。しかし山崎による必死のフォローの成果か存外何事もなく(全くないわけではないが)心底ホッとしていた。

「後は……」

と言いながら目線を下げる。その先には見慣れたあの人がうつぶせで横たわっていた。

「いい加減起きてくれや、近藤さん」

土方が低い声で呼掛ける。
そろそろ教師も来る頃だろう。別段やましいことはないのだが、色々と面倒なのは確かだ。近藤を起こす為、もう一度呼び掛けようと土方が口を開きかける。

「今日は沖田くんがいないんだね」

誰に言うとなく発っせられた伊東の言葉に、土方の動きがピタリととまった。

「あー、なんか足んねェと思ったら。沖田だ沖田」

坂田が思い出したように同調すれば、山崎も「あっ」と言葉を漏らした。

そもそも、土方が嫌々ながらも近藤を迎えにきたのも、会いたくもない奴らに会って嫌な思いをしたのも、その上雑用係まで押しつけられる事になったのも、全ては山崎のかけた電話に沖田がでなかった事から始まったのだ。
全ては沖田のせい、と言っても過言ではないのかもしれない。その事に今更ながら気付いた土方の眉間には、大量の皺が刻まれていった。

「山崎。沖田はどこだ」

一段と低くなる声。

「さ、さあ、その、分からないです!!」

山崎の胃も、そろそろ限界だ。

「探せ」

有無を言わせぬ命令口調。
沖田を呼び出し、今まで溜まった全ての怒りをぶつける気なのだろう。土方の考えが山崎にも分かり冷や汗が流れた。正直な話し巻き込まれたくはないのだが、今は何より土方が恐い。

「探します!すぐに探します!!」

返事をしたはいいが当てはない。その場で慌てふためく山崎の名前を、伊東が静かに呼ぶ。

「とりあえず沖田くんの携帯を鳴らしてみたらどうだい。君の知恵を出すより、余程有効だと思うけどね」
「そ、そうだ携帯!」

伊東の冷静な助け船がありがたい。いつもの嫌味も優しさに感じてしまう辺り、山崎の焦り具合が分かる。

「いい。俺がかける」

山崎を制し、土方は自分の携帯を取り出した。慣れた手つきで指を動かし、黒っぽいそれを耳にあてる。



「・・・・・・・」


少しの時差の後で、音というより音楽が鳴り響く。誰もが知っている某アニメの主題歌は思ったよりも近くから聞こえていた。山崎には聞き覚えのある曲だ。沖田と一緒にいる時、たまに耳にする曲で間違いない。しかし、なぜそれが近くから聞こえるのか。近いというよりも、すぐ傍だ。

「……坂田」

土方の手が震える。

「なに?デートのお誘いならお断りね」

顔の前で軽く手を振る坂田。

「そうじゃねーよ!なんで沖田の携帯をてめぇが持ってんだ!!」

怒りに震える手の中で携帯がミシミシと鳴った。このまま握り潰されそうだ。

「ああ、だから…」

伊東が納得したように頷く。土方の怒声にすっかり怯えた山崎だが、言われた本人はゆっくりとした動作で学ランの内側に手を突っこみ「あらま、いつの間に」と懐かしのメロディを鳴らし続ける携帯を取り出した。
坂田が持っているのなら、沖田がでるはずがない。
全ての元凶は沖田ではなく坂田だった。いや、二人ともかもしれない。

「てめえ……わざとか」

土方の顔がますます凶悪になっていく。元の造りが端正なだけに、余計に凄味が増した。

「何が」
「俺がここに呼ばれる事が分かってたろ」
「呼ばれたくなかった?会いたくない奴がいるから?」

ヘラリと笑う坂田には土方の凄味も通じないらしい。逆に、坂田の言葉が土方の表情を変えた。

(まただ……)

山崎が二人のやりとりを見つめる。坂田の言葉は土方の何かを刺激するらしい。怒りとは違う、何かもっと別の感情を。

「……てめえと話すことなんざねえよ」

土方はそう言って坂田から視線を逸らすと、近藤を抱えあげた。坂田の問いかけには答えない。それが答えなのだろうか、坂田は何も言わなかった。

「山崎、手伝え」
「ああ、はいっ!」

土方に呼ばれ意識が戻る。近藤を捕われた宇宙人の如く持ち上げればその重みに声が漏れる。廊下を数歩進んだところで風が動いたのが分かった。

「土方くん」

背後から掛けられた声に歩みが止まる。

「今日の委員会の事は、前の副委員さんが説明するからって。だから。今日はありがとう」

騒々しい廊下に涼やかな声は、とても心地よい。

「ああ」

短い返事だけを残し、一度も振り返らないまま土方は再び歩きだした。


土方の横顔は一つも変わらない。あの声が妙のものだと分かっていたはずだ。わざわざ振り返って挨拶を交わす関係でないのは知っている。しかし、どこかが変だと山崎は思う。
そっと伺うように振り返れば坂田と伊東の姿は見えず、妙の姿ももちろんない。
まるで始めから何もなかったかのようだった。
違和感を覚えたのは自分だけなのだろうか。
山崎はただ、肩にかかる重さを感じながら無言で足を進め続けた。


2008.11.29

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