長編 | ナノ

 7/


土方の表情を見て、坂田が笑う。

「あれ、図星?相変わらず嘘が下手だねー」

同情するような口振りに、感情は込められていない。
ただ、観察するように土方を見ているだけだった。

「隠すなら完璧にやらねぇと、周りが迷惑だろ?」

低く落とした声は、どこか土方を責めるようにも感じられた。
土方は坂田の真意を探るように見返すが、その目からは何も伝わってこない。

どういう意味だ?

その言葉は喉に張りつき、押し黙ったままとなる。
それではまるで、坂田の言葉を肯定しているようだった。
それを見定めるような視線が土方に突き刺さった。

「あー、やっぱハッキリ言っていい?」

そう言って、坂田が口の端を上げる。
土方の顔が僅かに歪んだ。





冗談だよと嘘を吐く2ー7





顔を寄せて話す2人を、山崎は横目で確認する。
異様な光景だと、改めて思った。
二人が仲良く話す姿など見ることはない。
坂田のくだらない言葉に土方がキレ、周りが止める。
それが普通だった。
あんな風に話す仲ではないことを山崎はよく知っていた。
だからこそ余計に不思議だったのだ。
坂田が土方に、それもわざわざ今ここで話しがあるなど、普段なら考えられないことだった。
一体何の話しがあるのか。
聞きたいが、それを聞いたところで坂田も土方も答えないだろう。
だから、誰も何も聞かないのだ。
伊東も桂も妙も。そして山崎も。

山崎の位置から二人の声は聞こえない。
しかし、その話しは土方にとって楽しいものではないことは、いつも以上に深い眉間の皺から分かった。
不意に、白に近い銀色の髪の隙間から笑みをつくる坂田の口元が見えた。
土方の表情は変わらない。
そして、その口が笑みの形を崩さないままゆっくりと動いた瞬間――

「……あ」
「なんだ?」

桂はプリントから視線を上げ、言葉を漏らした山崎に問い掛けた。

「あ、あー、いや、今日の委員会、今度のクラスマッチの事だったんだなと思って。早いねー、もうそんな時期だっけ?」
「今年はスポーツではなくクラス対抗のイベントになるらしいがな」
「イベント?」
「体育祭と遠足とかくれんぼを混ぜたようなものらしい」
「凄いね。それ、誰が言い出したんだろ」
「生徒会長」
「あー」

意味不明な案も、生徒会長が考えたと聞けば納得してしまう。
こんな事を考えつくにはピッタリの人物だった。

「坂本くんらしいというか何というか」
「あのバカの考えることなど俺には分からん。理解不可能だ」

成績や生活態度ではなく、圧倒的な人望で生徒会長となった坂本だが、その行動や言動に悩まされているものも多かった。

「第一、奴が楽しいと思うことは大抵、はた迷惑なことだからな」
「はは、手厳しいね」

しかし否定は出来ない。
山崎にも坂本に迷惑をかけられた覚えが多々あるからだ。
高らかに笑うモジャモジャ頭の男を思い浮べれば、山崎から溜め息がこぼれた。

「じゃあ、競技決めはないんだね」
「その混ざったやつに全員参加だからな。あと、不参加者がでたクラスは、坂本の考えた面白い罰ゲームが課せられるらしい」
「面白い罰ゲーム?」
「詳細は分からん。坂本が思い付きで言い出したことだ」
「うちのクラス、全員参加なんて難しいよ」
「俺のクラスじゃ全員参加など不可能に近い」

誰を思い浮かべたのか、綺麗に整った顔がしかめられた。

「桂くんのクラスって確か……」
「J、だ」

ああ。と山崎は顔をしかめた。
J組といえば、A、Zに並ぶ問題児クラス。
品行方正な桂が委員長を務めるあのクラスには、かなり厄介な人物が在席しているのを山崎は思い出した。
正直、名前を出すのもはばかられる超問題児だ。
押し黙った山崎の緊張をとくように、桂はゆっくりと息を吐いた。

「まあいい。それよりも今日中にペア決めをして、それを提出しなければならない。ここを読め」

桂はクリップが挟んであるプリントを取出し、山崎に手渡す。

「ここに書いてあることをクラスでやってくれ。詳しいことは志村に聞けば分かるだろう」
「あ、うん。分かった」
「じゃあ、もう一つの方だが…」

言いながらプリントを捲っていく。
桂の視線が再び落ちた時、山崎は内心ホッとした。
苦しい言い訳だったが上手く誤魔化せたようだ。
山崎の不自然さよりも、話題にでてきた人物の方が桂の気を引き付けたらしい。
いつもは振り回されてばかりいる天然生徒会長に初めて心から感謝をした。

桂の明瞭な話し声を聞きつつ、意識は坂田と土方へと向かってしまう。

あの時。
坂田の顔がより土方へと近づいた時、ほんの僅かだが土方のは表情が歪んだ。
それは、驚きと焦りが混じったような、どこか苦し気な土方の顔。
ある程度長い土方との付き合いの中で、あんな表情を山崎は見たことなかった。
きっと土方自身、誰にも見せたことはないだろう。
そんな類いの表情だ。
無防備にあんな表情を晒す人ではない。
しかし、坂田には見せた。
いや、させられたという方が正しいかもしれない。
ということは、坂田は知っているのだろう。
山崎も、沖田や近藤でさえ知らない、土方が隠し続けている何かを。




『気付いちゃった?』

不意に、坂田の言葉が山崎の脳裏に甦る。
あの時、坂田の気配に気付いているのかと問い掛けられているのだと思い、そう返事をした。
しかし坂田の表情や言葉から、それは違うのだと分かった。
では、何に気付いたと思ったのだろうか。
山崎は記憶を辿る。
あの時、山崎が見つめていたのは土方と妙だった。
当たり障りのない会話を交わしていた二人に違和感をおぼえ、見つめていた。
今、隣で伊東と楽しげに話す妙は、土方と話していた時とは変わらないように見える。
じゃあ何故、あの時は違和感をおぼえたのか。
例えばそれが、坂田の知っている土方の秘密ならどうだろう。
土方の歪んだ表情。
坂田の言葉。
感じた違和感。
その先にあるのは…



「説得成功ー。土方くん、やるってよ」

深く沈みかけていた思考は坂田の気の抜けた声で浮かび上がってきた。
山崎の視界に映るのは、いつもの半分寝ているかのような表情の坂田と、その後ろで不機嫌さを露わにしている土方。
いつもの二人だった。

「これで一安心だな。頼むぞ、土方」
「…チッ」
「俺に感謝して、なんか奢れよ委員長」
「俺?俺なの!?」
「いいだろう。山崎、頼んだぞ」
「お礼ならダッツなんてどうかしら」
「それ、お前が食いたいだけじゃね」
「僕はバニラにしようかな。全てを突き詰めると結局はバニラにたどり着くと思うよ」
「伊東くんって何でも詳しいのね。私は新作の方がいいな」
「俺は蕎麦味が良いのだが…」
「ねえよ。土方は?」
「僕と同じにするかい」
「グリーンティー。バニラなんて甘ったるいもん、男の食い物じゃねーよ」
「それは、甘みを苦手とするキミの味覚の問題だろう?」
「蕎麦味がないのなら、カレー味はどうだ」
「ねえよ。お前、馬鹿だろ?」
「新作は二種類あるのよね。どうしよっかな」

山崎を無視して続く会話。
いつのまにか、この場にいる全員に高級アイスクリームを奢ることになっていた。
山崎が慌てて否定しても、軽く流されるだけ。
いつもと変わらぬ光景が、山崎の中から土方に対する疑問を忘れさせていた。


2008.10.04

[ prev / next ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -