長編 | ナノ

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『見ていないでしょう?』

それはまだ桜の季節。
黒髪の少女が振り返った。
刺を忍ばせた口調とはうらはらに、むけられた視線はどこまでも優しい。
それが余計に、土方の苛立ちを誘った。

『見ていない?』
『そう』
『意味わかんねーな。結局アンタは何が言いたい』

思ったより言葉がキツくなる。

『俺が何を見ないってんだ?もったいぶらねーでハッキリ言ってくれ』

本音を突かれた気がして、早口でまくし立てる。
女相手に苛々してる自分が滑稽だった。

『大体、アンタとはまともに話したこともねえ。なのに俺の何が分かる。なあ、違うか?』

志村。
と、初めて彼女の名前を呼んだ。

ドクリ。

途端に心臓が騒ぎだし、何かを伝えようとする。
塞いでいたモノが溢れでそうになり、それを誤魔化す為に同じ言葉で問いかけた。

『俺は、何を見ない?』

『あなたは私を見ない』

彼女から笑みがこぼれる。

『だから私も、あなたを見ない』

ふわりと、柔らかな髪が舞った。

告げられた言葉が隙間から染み込み、侵食する。
それを振り払うかのように息を吐き、舌打ちし、煙草に火をつけた。
立ち上る煙と舌にひろがる慣れた味。そして、残るのは彼女の言葉。
少しずつ遠くなる後ろ姿は紫煙の中に消えていく。

それはまだ桜の季節。
彼女は振り返らなかった。





冗談だよと嘘を吐く2‐6





無表情な桂を間に、向き合う二人。
眉間に皴を寄せる土方と、少しだけ困ったように微笑む妙。
山崎が、二人のこんな姿を見るのは久しぶりだった。

これまでも、二人が話しているのを時折見かけることがあった。
大抵は近藤絡みだったが、挨拶を交わす程度の顔見知りでしかない。
並ぶと絵になる二人だが、それ以上でも以下でもない関係。
山崎はそう考えていた。

(でも、なんか)

妙も、土方も、なんら普段と変わりなく特別に注意をひくような態度も言動もない。いたって普通だ。
それでもどこか不自然さを感じ、山崎は二人の姿に見入っていた。

「気付いちゃった?」

囁かれた言葉は滑り込むように耳へと入る。
坂田の顔がすぐ横にあり、同じように二人を見つめていた。

「坂田くん」

傍にいるのに声をかけられるまで気付かなかった。
坂田の言う、気付いた?とは、その事を含んでいるのだろうか。

「い、いま。今、気付いたよ。考え事してたから、声をかけられないと分からなかったな」

二人の事を考えてましたとは言えず、誤魔化すように笑みを浮かべれば、坂田はほんの少し目を細めた。

「んー、そっちじゃねーけど……まあ、いいや」
「そっち?」
「土方くーん、ちょっと」

山崎の問いかけには答えないまま、坂田は土方へと歩み寄る。

「なんだ」
「やんの?副っぽいやつ」
「嫌でもやらせる」

土方の返事を遮り、桂が当然といった顔で言い切ると、静観していた伊東が吹き出した。
土方に災難が降り掛かるのが面白いのか、笑いを堪えるように片手を口元にあてる。

「ああ、ごめん」

心底うんざりとした表情の土方に、全く悪いと思ってなさそうな伊東は、笑いを滲ませながら謝った。

「坂田くん、土方くんに話しがあるんじゃないのかい?」

不機嫌さを増した土方を無視しつつ、伊東が冷静に話しを戻せば、「そうそう」と坂田が土方の肩に手を回す。

「土方くんに話しあんだけど。借りていい?」
「今か」
「今。すぐ終わるし、土方の説得もついでにしてやるよ」

土方の説得と聞いて、桂が分かったと頷く。

「では、山崎。その間今朝の委員会について説明しておこうか」
「あ、ああ、うん」
「志村さん、ちょっと来てくれるかい?」
「ええ、いいわよ」

それぞれ会話を交わしながら、その場を離れていく。
坂田はそんな様子をニヤけた顔で見送った後、土方に顔を寄せた。

「こうやってっと、屋上を思い出すよな」
「そんな事より離れろ。暑苦しい」
「つれねえな。語り合った仲じゃねーか。手のひらサイズの胸を舐めまわしてーとか言ってたじゃん」
「言ってねえよ。黙れ」
「あれ、俺にそんな口きけるわけ?」

坂田がわざとらしく驚く。

「俺さ、お前に貸しがいっぱいあるんですけどー。全然関係ねえのに、肉体労働させられちゃったり?」
「…ああ、感謝してる」

土方の口から、らしくない言葉がでてくる。
それだけのことを坂田にしてもらったと、土方自身、自覚があるからだ。

「だから、早く話しとやらを済ませろ」

どうせ、ろくでもない事だろうが話さないわけにはいかない。貸しは貸しだ。
土方が短く息を吐いた。

「一つだけ」
「ああ」

坂田が更に寄る。
そのことに顔をしかめつつも、土方は抵抗せずに次の言葉を待った。

「見てないようにしてるだろ」

『見ていないでしょう?』

微笑む彼女の姿。

「見てるのに見ていないふりをするのは、近藤に遠慮してるから?」

土方の中で、坂田の声があの時の妙と重なっていた。


2008.09.12

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