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「志村さんと桂くん?」
「なんだ山崎」
一言で表せば美形と評される顔が山崎に視線を向けた。
男ながら綺麗と言われる桂から見られると、なんだか居心地が悪い。
うっ、と言葉に詰まり目を逸らそうとしたら、
「どうしたの?」
と小首を傾げた妙が不思議そうに山崎を見つめていた。
「い、いや……」
間近で見るその大きな瞳にドキドキするが、その反応が場違いなことに気付き、必死でこらえた。
妙にはっきりとした特別な感情をもっているわけではない。
しかしそこは年頃の男子高校生たるもの、綺麗な女の子の可愛い仕草には敏感に反応してしまうものだ。
動揺し目を泳がせる山崎の横で、坂田がヘラっと笑った。
「志村ぁ、委員長がやらしーこと考えてるよ」
「ななな何を!?」
「志村の裸エプロンでも想像してんじゃねーのー」
「裸でバドミントンかもしれないな」
「山崎、そうなのか」
坂田や伊東が言うような裸でエプロンやバドミントンなど考えてはいないが、妙のことを考えていたのは事実なだけに、全く違うとは言い返せない山崎。
「そんなワケないでしょ。坂田くんとは違うの。ね、山崎くん」
妙がプリントの束を持ち直しながら、同意を求めるように山崎に微笑みかけた。
あ、可愛いなー
改めて、そう思った。
今までの騒ぎが嘘のように穏やかな時間を満喫していた山崎だが、後ろから迫る気配で現実に戻された。
「いやあ、お妙さんなら裸にエプロンでもバドミントンでも、俺はムラムラしますよっ!」
復活した近藤がそう言いながら妙に歩み寄り、本日二度目の返り討ちにあったのはそのすぐ後だ。
「うわ、痛そ」
「自業自得だと思うよ」
「何やってんだ、近藤さん……」
「志村、良い蹴りだな」
近藤を眺めながら各々の感想が吐き出される中、山崎は顔の下半分を手で覆いながら目を伏せる。
(多分…見えた。アレが)
自分が第二の近藤になるのは恐ろしいが、それでも、偶然目にしてしまった光景に口元が緩むのは抑えられなかった。
幾分雰囲気が落ち着いたところで、
「まあ……近藤はおいといて」
と、坂田が無気力な視線を動かした。
「なんでヅラがここにいんの?」
「ヅラではない。桂だ」
ヅラと呼ばれると必ず否定する桂が、いつもの台詞を律儀に言う。
その秀麗な顔立ちは普段からあまり感情を表すことはなく、今もただ真っ直ぐに坂田を見ていた。
いつもなら長い黒髪を一つにまとめているが、今日はそのまま下ろしている。
それが似合っているな、と山崎が思ったとき、不意に桂と視線がぶつかった。
「お前の代わりだ、山崎」
「……俺?」
思わず眉根が寄る。
自分の名前がでてきたことに動揺するが、全く意味が分からない。
山崎が、代わりって何?、と言いかけてハッとした。
「今日、委員会だ…」
すっかり忘れていた。
「そうよ。山崎くん、桂くんにお礼を言ってね。プリントが多くて困ってたら手伝ってくれたの」
確かに、桂の手にあるのは妙のより三倍ほど多い。
「あ、ありがとう桂くん。志村さんも、ごめんね」
申し訳なさそうに手を差し出す山崎に、右上にZと書かれたプリントを渡すと、
「気にするな、土方に会うついでだ」
とキッパリ言い放った。
「は…?」
伊東との小競り合いも落ち着き、すっかり傍観者だった土方。
自分の名前がでたことに驚いたのだろう、切れ長な目を見開き桂を凝視する。
が、理由が思い当たらず、その表情を戻した。
「何の用だよ」
呆れた調子で土方が漏らせば、伊東は逆に興味をもったようで、「桂くん」と呼びかける。
「それは、土方くんに関係あることかい?」
「そうだ」
「委員会にも関係ある、と」
「さっきからそう言ってるだろう」
桂が視線だけを伊東に動かし、冷静に答えた。
「委員会か。なるほど」
と、その一言で全てが分かったのか、楽しげに微笑む伊東。さすが、1で10を知る男だ。
ただ、その知性が良い方だけに向かうとは限らない。
土方絡みで伊東の機嫌が良い時は、大抵土方に面倒がおとずれる。
そんなのは百も承知である土方は、伊東の笑みを見て舌打ちをした。
「もう話したの?」
プリントを教卓に置いた妙が教室から出てくると、桂に声をかけた。
「いや、今からだ。……土方、話しがある」
「なんだよ」
不機嫌をあらわにした土方が眉間にシワをよせるが、桂は特に気にした様子もない。
「近藤とクラス委員をやれ」
と、表情一つ動かさず、まるで命令するかのように言った。
「……なんで」
「Aの副委員がギブアップした。近藤の尻拭いに疲れたそうだ」
「いや、だからなんで」
「近藤の世話係りってやつか。土方って副っぽいし、いいんじゃん。めんどくさそうだけど」
「天パは黙ってろ。だから、なんで俺が」
「近藤くんのフォローが得意だしね。副ってところがいいな。めんどくさそうだけど」
「てめえも黙れ。だから、なんで俺が、」
土方が声を荒げようとすると、それを遮るように桂が大量のプリントを土方に押しつけた。
「これは各クラス委員満場一致の決定事項だ。早くAの分のプリントを取れ。いい加減、重い」
「ふざけんな」
「ふざけてると思ってるのか?志村、お前からも言ってくれ」
「私?」
桂が妙を促せば、戸惑ったように瞳が揺れた。
「土方くん」
何気ないその言葉に山崎は違和感をもち、妙を注視する。
呼ばれた土方が視線を動かすと、今日初めて二人の視線が絡んだ。
2008.08.28
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