長編 | ナノ

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「土方くん、最近ヤッてねーの?」

至極意外そうに言うのは本気か、わざとか。
ただ、朝の爽やかな空気の中でする話しでないのは確かだ。

「溜まってんならさぁ、せんせー来る前に一回ヌイといたら?」
「…黙れ」
「あ、トイレはそこ、右ね」
「黙んねーなら消えろ坂田」
「ここ、俺のクラスなんですけどー」

白に近い銀色の髪が、土方の肩越しに見えた。
片耳を手で押さえ怒りをあらわにする土方に、坂田はいつものヘラヘラとした顔を向けている。

(やっぱり、その1だ…)

山崎の胃がキリキリと痛みだした。


土方が会いたくない奴その1、坂田。

今、土方の怒りを一身に受けている白髪天パの男で、山崎のクラスメイトだ。
元々、交流すらほとんどなかった土方と坂田。
しかし最近では、無関心に近かった態度が嘘のような光景をよく見かけた。
ただ、こうやってこの二人を接触させると必ず騒ぎになる。
「似た者同士の二人だから揉めるのは仕方ない。放っておけばいい」と、放りっぱなしの沖田は言うが、高みの見物をして楽しんでいるだけだと山崎は確信していた。

「相変わらず冗談が通じねえなー」
「冗談で息を吹きかけんな気色悪りィ」
「フッてしただけだろ?」
「その、「フッ」が気色悪りーつってんだよ!」
「俺だってさ、男にやるの嫌なんだよなー」
「じゃあ、俺にやるな。テメェの女にでもしてやれ」
「いやいや、それでもね、滅多にうちのクラスに来ない土方くんの無防備な後ろ姿を見ちゃったらさ、歓迎の意味を込めてやっちゃうよね。耳に息でも吹きかけちゃうよね」
「かけんなよッ!!」
「なんだ、舐めた方が良かった?」
「なっ」

当たり前のようにサラリと言いのける坂田に、土方の顔色が変わる。
坂田がからかって言っているのは山崎にも分かるが、実際に嫌な思いをしている土方はキレる寸前だ。

朝っぱらから耳に息を吹きかけられ、しかもそれが男にやられたらのなら。
確かに最悪の気分になるだろうな…と、山崎は目の前の攻防戦をぼんやりと眺めながら土方に同情した。

廊下に大の字で寝転がる近藤の傍で対峙する土方と坂田。そして近藤を挟んだ横で屈む山崎。
前に立つ二人から意識を逸らしながら、山崎はちらりと周りの様子を伺った。
四人の周りには不自然な程の空間が空いている。

土方と坂田、それに近藤は良くも悪くも校内の有名人だ。
だが、Z組生徒にとってクラスメイトである坂田や日課のように訪れる近藤は多少なりとも見慣れた存在で、毎日のように騒ぎが起きるZ組だけに、ある程度の事には慣れている。

しかし、そこに普段は見ることのない土方が加われば別だ。
関わりたくないが興味はある……というのがZ組生徒の本音だろう。
実際、生徒達が遠巻きに眺めているのが見えた。

(誰か助けてくれよ)

仮にもクラスの委員長なんかをしている山崎だ。
多少なりとも自分に人望があると信じ、祈りをこめた視線をクラスメイトにおくる。
しかし、山崎の切なる願いは虚しくも叶わなかった。

(騒ぎになる前になんとかしてね、委員長)

四方八方から無言の圧力をうける山崎。
委員長というだけで、面倒事はいつも山崎に回ってくるが、今回もそのようだ。

そもそも、山崎が不本意ながら委員長なんていう雑用係りをする羽目になったのは、そこにいる白髪天パが余計な事を言ったからだ。
だからといって「委員長辞めます!」などと今さら言えるわけもない。
山崎は諦めたように、深い溜め息をついた。

「……委員長?そんな所に座って何してんだ」

気が付けば、坂田が土方の肩ごしから覗くように山崎を見ていた。
たった今、山崎の存在に気付いたようだ。
ヤバい気付かれた!と焦りながらも、

「あ、ああ、坂田くん!今日は早いね!」

などと当たり障りのない言葉をかける。
鬼の形相にますます磨きがかかった土方をできるだけ視界にいれないようにしながら、山崎は引きつった笑顔を浮かべた。

「委員長見るの久しぶりだなー」
「いや、昨日会ったよ」
「昨日いたっけ?」
「俺、無遅刻無欠席です…」

山崎が小さな声でそう言えば、「相変わらず委員長は地味だな」と感心したように坂田はヘラっと笑った。
そのまま何事もなく教室へ入ろうとした坂田だが、

「どこに行こうとしてんだぁ、坂田ァ」

坂田の肩をがっちり掴む土方。

「痛っ…てえェェ!!」

その手に、かなりの力がこもっているのが分かる。

「折れる!折れるって!」
「折れる?砕けるの間違いじゃねーかァ」
「ひ、土方さん!落ち着いて!落ち着いて!!」

山崎が土方の腕を離そうとするが、びくともしない。

「土方さん!みんな見てますから、やめて下さい!」「山崎、邪魔すんのか?」

土方に睨まれて、山崎の動きが止まる。
こっちは止められないと判断した山崎が、痛みに苦しむ坂田へと視線を向けた。

「坂田くん、謝って!土方さんに謝って!!」
「は?な、んで、俺が!」
「山崎が言ってんだ。謝れ坂田」
「う、裏切ったな、委員長!!」
「裏切ったなって…」

いつのまにやら子どもの喧嘩みたいになった2人に山崎は呆れるが、キレた土方を放ってはおけない。
しかし、どう治めたらいいのか見当もつかず途方に暮れる……そんな時だった。

「委員長がA組に肩入れするなんて、裏切り以外の何物でもないね」

静かで落ち着いた声が、山崎の背後から流れてくる。
あれだけ騒がしかった廊下に静寂が訪れた。
坂田も土方も山崎の背後に視線を向けている。
いつの間にか、土方の手が坂田から離れていた。

「土方くん。キミが坂田くんと仲が良いなんて意外だな。こんな所まで逢いに来るなんて、全く二人の仲が羨ましいよ」

規則正しい足音が近づいてくる。
この声に、この口調。
そして、土方に対する嫌味な言葉。
悪い予感がする。
山崎が自分の運の悪さを呪いつつ、不自然な程ゆっくりと振り返った。

(でたよ、その2…)

その姿を確認し、人知れず溜め息をつく。
坂田が「あー」と、場違いなほど気の抜けた声をあげて、指差した。

「元祖裏切り者の伊東くんじゃん」
「指を向けるのはやめてくれないか?それに僕が誰を裏切ったのかな、坂田くん」

伊東が楽しそうに微笑めば、山崎の胃が更に痛んだ。


2008.08.09

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