長編 | ナノ

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「――結局いつもと同じじゃねーか」

眉間に皺を寄せた土方は、山崎を睨むと不機嫌さを隠すことなく舌打ちをした。
その鬼の形相に「ひぃっ!!」と同じく廊下にいた数人の生徒が青ざめたのを見て、山崎は思わず同情してしまう。

「慣れてる俺でも恐いからなあ…」
「あ?」
「へ、いや、なんでもないですっ!!」

両手を突き出し慌てた様子で否定する山崎を一瞥した土方は、めんどくさそうに窓側の壁に寄り掛かった。

「…朝からこんな所まで来させやがって」

土方が教室の入り口上部にある白いプレートを顎で示すと再び山崎を睨む。
促されるように山崎が視線を向ければ目に入る「Z」の文字。
それは山崎のクラスを表すアルファベットだ。
配置の都合でここ「Z」クラスは、1クラスだけ離れ島のようになっている。
近藤と同じクラスの土方は「A」クラスで、ここからだとかなりの距離があった。

「大体なぁ、近藤さんの迎えなら沖田を呼べ」
「それが、沖田さんと連絡がとれなくて…」
「どっかで寝てんだろ。探してこい」
「いや、それだと授業に間に合わなくなりますし、俺一人じゃA組まで運べませんよ」

山崎は足元に転がる近藤を見つめながら何度目かのため息をついた。




今朝、山崎がクラスメイトに呼ばれて来てみれば、教室の真ん中で大の字に寝転がる近藤の姿があった。
なぜクラスの違う近藤がここで倒れているのか。
何となく理由が分かった。
多分、いや確実に、クラスの女子の一人に退治されたのだろう。
本人の姿は見えないが間違いない。と、山崎は疲れた顔で近藤に近付いた。

「近藤さーん。聞こえますかー。近藤さーん?」
「う…うぅ…お…えさん」
「駄目か」

こんな姿のまま放っておくわけにはいかないが、無駄に体格の良い近藤を一人で運ぶこともできない。
クラスメイトは恐がって手伝ってくれないので、とりあえずいつものように沖田へと連絡をとるが繋がらない。いや、繋がるが、でないのだ。
他にいい考えも浮かばず、仕方なく土方へ「近藤さんがうちのクラスで気絶してます」と連絡したのが15分前だった。


「教室には置いておけませんのでここまで運びましたが」
「なにやってんだ、近藤さんも沖田のヤローも」
「土方さん、すみません」
「山崎が謝ることじゃねーだろ」
「いえ、ここに来るとあの人達に会う可能性が高いですから。ここに来るのは嫌だろうなとは思いましたけど」

山崎がビクビクとしながらそう言えば、土方は短く息を吐いた。

「確かに、会いたくねえから近寄らないようにしてるがな」
「Z組にですよね」
「ああ。でも、ここに来なくても会うときゃ会うんだ。気にしなくていい」

そう言って僅かに口角を上げると再び眉間に皺を寄せ、近藤に視線を落とした。

「それより、ちゃんと伝えろよな。紛らわしい」
「紛らわしい?」

意味が分からず山崎が問い返すと、土方は近藤から視線を逸らさないまま「電話」と言う。

「お前、近藤さんが気絶してるから来てくれ、ってだけしか言わなかっただろ」
「そう言えば…」
「あれだけだと近藤さんに何かあったのかって思うじゃねえか。今までが今までだから余計に」

そこまで言って、土方は僅かに表情を緩める。

「何もなくて良かったけどな……」

どこかホッとしたような声色で、土方は独り言のように呟いた。

普段の粗暴な態度や乱暴な言動、そして男にしては綺麗に整った顔立ち。
良い意味でも悪い意味でも目立つ土方には、様々な噂が付きまとっていた。
大多数の生徒はそれらの噂を信じ、土方は皆から一目置かれると同時に恐れられる存在となった。
しかし、それは少し違うのだと山崎は思う。
確かに恐い事には変わりないが、それだけではない。
土方がこんなふうに朝早く登校しているのは近藤に合わせているからだし、今もまた、文句を言いながらもこうやって近藤を迎えに来ているのだ。

(優しいと言うか、面倒見がいいと言うか――)

山崎は、柔らかな表情で近藤に視線を向ける土方を眺めながら、無意識のうちに微笑んでいた。



「さて、と。運ぶか」
「あ、はい。じゃあ、先に体を起こしましょう」

緩んでいた表情を引っ込めた土方が山崎に声をかけると、山崎も当初の予定を思い出す。
山崎が仰向けで寝転がる近藤の横に膝をつけて屈むと、近藤を挟んで土方が反対側に立つのが分かった。

そんなとき、少し冷静になった頭にある言葉がフッとよぎる。

会いたくない奴。

そう、このクラスには土方が会いたくないと言っている生徒がいる。
そして、それが誰なのか山崎には検討がついていた。

(急がないとな)

朝から騒ぎにでもなれば、クラス委員である山崎も困る。
近藤が気絶し、沖田不在の今、土方と誰かが揉めても山崎にそれを治める自信はなかった。
とにかく、土方と会わせるわけにはいかない。

山崎が人知れずそんな決意を固めた時、

「っ!!」

言葉にならない叫び声をあげながら、土方の体がよろけた。
驚くと同時に嫌な予感が山崎の中を駆け巡る。

(まさか、まさか…)

土方と対立している者や、反感をもつ者達が襲ってきたのかと弾かれたように顔を上げれば、

「…あれ?土方くん、感じちゃった?」

聞き覚えのある気の抜けた口調が頭上から降ってきて、山崎は大量の冷や汗が流れるのを感じた。
(ちなみに、近藤はよろけた土方に顔面を踏みつけられ、より深い眠りへと落ちていった)

「童貞みてえな反応しちゃって。溜まってんの?」

土方に向かって、からかうように問い掛ける声。
間違いない。
山崎は痛むこめかみを押さえながらうつむいた。
その間の抜けた喋り方は、対立する者でも反感をもつ者でもない。
ただ、身体的ダメージの心配はいらないが、精神的ダメージを受けることは覚悟しなければならない相手だった。
(出たよ…その1)
山崎の頭上で完成したであろう最悪な組み合わせに怯えつつ、できることならばこのまま消えてしまいたい…と、心から願っていた。


2008.08.03

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