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「どうしたんですか?折角、自由を手に入れたのに、浮かない顔をしていますね。」
「…尾浜くん。」

善法寺くんに部屋まで案内してもらった後、どうしても眠れなかった私は、部屋の隅に膝を抱えたまま蹲っていた。薄く月明かりが差し込む中で、唐突にかけられた声に最早、驚きはしなかった。いつの間に部屋へ入ってきたのか、尾浜くんは遠慮することもなく、敷かれていた私の布団の上へと腰を下ろした

「やっぱり俺達の目に狂いはなかったようですね。」

楽しげに弾む声は、この静かな夜には酷く不釣り合いに感じた

「ねえ、伊織さんはこの学園をどう思いますか?」

月明かりを背中に、にっこりと首を傾げてみせた彼に、どうして今更そんなことを聞くのだろうと私は、内心で同じように首を傾げてみせた

「何もかもが伊織さんの知っているものと違うこの学園を、どう思いますか?」

どう思うなんて、そんなこと決まっているじゃないか。未だに得体の知れない何かに畏怖し、険悪している

「私たちが見てきた学園は…全部、作り物だったんですか?」

答えの代わりに口を飛び出した言葉は、そんなものだった。感じていた疑問。私たちが見てきた物が間違っているというのなら、それは作り物なのだろうか。彼らは、私たちを騙して楽しんでいたのだろうか。その疑問を尾浜くんは、まさか。と笑って跳ね返してしまった

「作り物って訳ではないですよ。ただ、演じていただけです。役者と一緒ですよ。」
「どうして…。」
「どうしてって、そうですね?そう、あらねばならない…とだけ言っておきましょうか?」

この会話を楽しんでいるかのように、相変わらず尾浜くんの声は弾んでいた。そう言えば、彼は16年の間、いなかった筈だ。その間、彼はどうしていたのだろうか。いや、もしかしたらそれすらも違っているのだろうか。聞きたいけど怖くて口を開けない私の心情なんてお見通しなのか、尾浜くんは、「俺が16年の間、どうしてたか知りたいですか?」と、にっこりとその口で弧を描いてみせた。そんな彼をじっと見つめたまま、どう応えるべきか倦ねいていた私に、痺れを切らしたのか肯定ととったのか、尾浜くんは返事を聞くことなく口を開いた

「俺が16年もいなかったか、その答えは否ですよ。そもそも俺、まだ14ですし、そんなに生きてないですよ。じゃあ、どうして16年って訳ですけど、何てことないですよ。ただ俺は、16年分の10分間。たった696時間“その場所”にいなかっただけ。それ以外の時間はちゃんと兵助達と共にいましたよ。」

ああ、ここにも間違いがあった。相変わらず慣れない戸惑いと嫌悪感に、頭の中がぐちゃぐちゃになる

「だっておかしいと思いませんか?『忍たま乱太郎』が始まって、そちらでは22年。その間、俺たちはずっと5年生で、乱太郎たちも1年生のままだ。22年も年をとらないなんて、あるはずないじゃないですか。俺たちだって、生きてるんですよ。成長だってするし年もとる。進級だって勿論します。じゃあ、どうしてか?貴方たちが見ていたのは、俺達の1年間の内の、たった957時間に過ぎないんですよ。」

淡々とそう言葉にした尾浜くんは、もう笑ってはいなかった。私の中の何かを探る様な、鋭い視線で私を射抜いている。ぶるりと背筋が震えるのを感じた。分からない。分かるのだけど、分かりたくない。その思いが鬩ぎ合って、もう一つの疑問を口にした

「尾浜くんは、…ううん、学園の皆さんは、いつから『忍たま乱太郎』をご存知だったんですか?」

もしかして私の前に来たという、天女様と呼ばれていた彼女たちが彼らに教えたのだろうか。そうあれば良いと願うも、彼は最初の時の様に、笑みを一層深めてみせた

「最初からですよ。」

そう答えた彼の表情が何を語るのか、読み取ることなんて最早、不可能なことだった

月明かりに照らされたその笑みに、私は恐怖を抱いてしまったのだ

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