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「夜分遅くに失礼します。」

暗闇の中、突然の来訪者に私は思わず悲鳴をあげようと小さく息を吸った

「おっと、あまり騒がれるのは良くない。」
「こんな遅くに尋ねてきて信用ならないと思いますが、危害を加えるつもりは一切ありませんので。」

瞬時に手で口を塞がれ、私はぐっと悲鳴を飲み込んだ。未だ姿の見えない来訪者の言葉に、騒がないから離してという意味を込めてコクコクと首を上下に振った。そっと離れた気配に一息つけば、いつの間にか室内が蝋燭の明かりでほんのり照らされている。その明かりを頼りに来訪者へと視線を上げれば、そこで私を見下ろすのは2つの顔。勿論『忍たま乱太郎』を見ていた私は、すぐにそれが鉢屋三郎と尾浜勘右衛門だということが分かった。だけどその思わぬ来訪者に、私の口からは小さな驚きの声が零れ出た

「噂の天女様とやらとお話がしたくてね。眠っていたところに突然、押しかけるなどという不躾な真似を、お許し頂きたい。」

此方を窺うように小さく頭を下げたのは鉢屋三郎だろう。少しだけ混じる皮肉に、私は大丈夫ですと小さく頷いた

「知っていると思いますが、俺は尾浜勘右衛門。こっちが鉢屋三郎です。」

やっぱり彼は鉢屋三郎で、彼の隣に佇んでいたのが尾浜勘右衛門らしい。何処か棘のある雰囲気を醸し出す鉢屋くんとは違い、尾浜くんはにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべていた

「伊織さんが忍術学園に落ちて4日目を迎えますが、此方での生活はどうですか?」
「…教職員の方が良くしてくださるので、何不自由なく生活させていただいてます。」

その世間話の様な質問に、私は土井先生へ返した様なあたりさわりの無い言葉を、鉢屋くんへと向けた。その言葉に、そうですか。と満足そうに答えた彼に、何処か土井先生の姿が重なった。あぁ、何だか嫌な感じだ

「だけど、本当に不自由なく…ですか?」

キラリと、尾浜くんの瞳が怪しく光った様な、そんな気がした。そして私は、その言葉に内心で小さく首を振った。確かに今の私に自由なんて限られている。だから勿論、今の鉢屋くんへの返答は社交辞令みたいなもの。衣食住を与えて貰っているにも関わらず、不自由だと喚くことはお門違いだろう。それを分かっているのか、尾浜くんは本当は違いますよね。と笑った

「私たちは、伊織さんだったら自由にこの部屋を出ても良いと思ってるんですよ。」
「…私だったらって、それは…。」

それは、やっぱり今までの天女様とやらもこの部屋から自由に出入りすることを、許されていなかったということだろうか。だけど、鉢屋くんの言った私ならという理由が分からない。一体それは、

「…どうして。」
「だって伊織さん、もうこの学園に険悪感を抱いているでしょ?」

図星とばかりに当てらてた言葉に、私はハッと息を飲んだ。確かにこの世界に来てしまう前まで皆、忍びだけど優しさもある。血も涙も通った人間なんだとばかり思っていたから。平和なあの世界から、この乱世の世界に来て、彼らが簡単に人を殺めてしまうことに、恐怖を抱いてしまった。それと同時に、彼らに対する感情に険悪感が入り混じってしまったのだ。忍者なんだから、このご時世なんだから、人を殺めてしまうことは当然で仕方ないことなのだと分かっていた。だけど、それでも平和ボケした私のこの頭では、それがどうしても悍ましいことの様に感じられたのだ

「今までの天女様は、いつもこの時点で『こんなの違う!』と言って私たちを否定して勝手に絶望するんですよ。」
「だけど伊織さんは違う。この世界を認め、受け止め、恐怖し険悪している。でしょう?」

そのあまりにも図星な言葉に、私は何とも言えずにぐっと俯いた

「俺たち学級委員長委員会が、代表して学園長先生に提言してあげますよ。伊織さんだって、自由が欲しいでしょう?」

にこにこ、相変わらず人の良い笑みを浮かべる尾浜くんの表情からは、彼が本当は何を考えているのかが全く分からなかった。彼らが理解できなかった。一体、どうしてこうも関わるのか。私なんて、放っておけばいいのに。彼らが一体、何を企んでるのか、私にはその真意がどうしても読めなかった

ただ、そんな中で思ったことは、この忍術学園の夜は、とても静かなものなんだな…と。遠くから聞こえる梟の鳴き声が、小さく鼓膜を揺らした

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