禍々しい空間へと一歩、足を踏み入れればそこは賑やかな使い魔の声や軽快だけど何処か不気味な音楽が流れる、遊園地と化していた。空は使い終わった絵具の水を撒き散らしたかの様に、色が淀み混じっていて、そんな空間を使い魔を乗せたジェットコースターが通過していった。間違いない。この巣の深部には魔女がいる。私は高ぶる気持ちを抑え込む様に、魔法少女化したことで髪留めへと姿を変えてしまったソウルジェムを一撫でした


「此処だね。」

漸く巣の深部まで来た頃だろうか、いつの間にかあの賑やかだった声や音楽は聞こえなくなり、私の歩く音だけが空間を震わせていた。魔女の元へと続く扉の前。キュゥべえはその丸い形をした扉を前にして、私の肩を飛び降りその足を一歩後退させる。それに少しだけ腹立たしさを感じたが、私は黙ってその扉を開けた。ギィィ、という不気味な音をたてて開かれた扉は、開くと同時に今まで私たちが通って来た部屋、諸共消え去り、その空間はぐにゃりと歪んでいく。途端に、今まで静かだったその場所には軽快な音楽が流れだし、空間はサーカスのテント小屋の中へと姿を変えてしまった。その客席の中腹に立つ私は、マントを翻し、一枚のカードを手にする。これが私の武器。『サン・ディ・カルト』。数十枚ある中でも炎と銃の絵が描かれたそれを手にすれば、キュゥべえは下がっててねと言うよりも早く察して、後方の席へと移動していった

「いっちょ行きますか。」

ステージの中央では、玉に乗りながら笑うピエロの魔女が、悠然と佇み此方を見下ろしている。私は、足場にしていた椅子を蹴り上げ、魔女へ向かって大きく跳躍した。にも関わらず、魔女は未だに私がいた場所を見たまま笑っている。どうやら反応は少々、悪い様だ。いける!私が持っていたカードを宙へと弾き飛ばせば、飛ばされたカードは一瞬の閃光を纏い、本物の銃へと姿を変えてしまう。そのまま手の中にストンと落ちてきた銃を握り締め、トリガーにかけた人差し指をぐっと引いて続けざま4発、私は魔女の顔を目がけて炎の弾を撃ち込んだ

ガウンッ ガウン

全弾、命中した炎弾は激しい爆発を起こし魔女の顔を、朦々とした炎と煙で覆ってしまう。今の内にとどめを刺してしまおう。魔女の視界が開ける前にと私はその足元で着地し、そのまま背後へと回る。そして、星の形を模った髪留めに手を翳して、もう1枚カードを取り出した。雷と剣のイラストが描かれたそれを再度、指で弾き飛ばせば、それは私の身長よりも少し低めの剣へと姿を変えた

「陽菜っ!」
「っ!?」

キュゥべえの声を聞いた私は、手にした剣をその場に放り出し、咄嗟にバク転で後方へと飛び跳ね、体制を整える暇もなく次は右へ転がる様にしてその場を飛びのいた。次々と転がり迫る身の丈程の玉の攻撃に、私はあからさまに舌を打ちつけた。避けきれない玉は、カードを飛ばし小さな爆発で吹き飛ばしていく。そうして魔女の様子を伺えば、最初の攻撃であがった煙は全て晴れていて、魔女の視線は確実に私へと向けられていた。私は客席の後方へと飛び移り、魔女との距離をあける

「だったら、これで、どうだ!」

パン!と手を叩き取り出した3枚のカード。雷だけが描かれたそれを魔女へと向けて、弾き飛ばそうとしたその時だった。突然、空間がぐにゃりと歪んだ。それに思わず蹈鞴を踏むが、咄嗟にイスの背にしがみ付いたお蔭で、無様に転けることは免れることができた

「キュゥべえ、どうしたの!?」
「誰かが魔女の巣に迷い込んでしまったみたいだ。それに使い魔に襲われてる。」

いつの間に来たのか、イスの上で尻尾を揺らすキュゥべえに私は思わず掴みかかってしまった

「え、迷い込んだって、人間!?」    
「そうだね。1人だけど、なかなか危ない状況かな。」
「危ない状況かなってそんな、悠長なって、うわ!」

どうしよう!とまたしてもキュゥべえに掴みかかろうとしたその時、私たちがいた場所にまたしてもあの大玉が落下してきたのだ。危ない、咄嗟に避けないとぺしゃんこになってた。イスを粉砕し、地面へと減り込む玉を見て私はゾっとした

「っ、本当、悠長に考えてる暇はなさそうだね。」

此処で魔女を残し、迷い込んだ人間を助けたとなれば確実に魔女は逃げてしまうだろう。かと言って、魔女を此処で倒していたら迷い込んだ人間を見殺しにしてしまうことになる

「…っ、仕方ない、キュゥべえ引くよ!」
「わかったよ。」

私は魔女の攻撃を交わしながら、最初に入ってきた扉の前へと移動した。此処で倒せなかったのは悔しいし、本音はこれ以上、人間を殺させたくはない。だけど迷い込んだ人間を見捨てられない。私は扉を開き、潜りきる前に振り返って、その魔女に人差し指を突き刺す様に向けた

「あんた絶対に逃げるなよ!すぐに倒しに来るから!」

そのまま部屋を後にすれば、脳裏に残るのは魔女の姿。ケタケタ、そう笑っていた気がした


サーカスの魔女
(って言っても、逃げられるんだろうなぁ…っ、あぁ、もう!)

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