「倉崎さん、もう帰っちゃったんだ…。」

原口先生から生徒は13時までには完全下校する様にと言われた後、同時に教室を訪れた日吉に今日の部活は中止だと知らされた。それを残念に思いながら、日吉に「鞄を取ってくるから待ってて。」そう伝えて席に戻れば、自分の1つ前の席はノートも鞄も全て無くなっていた

「陽菜ちゃんなら、もう帰ったよ。まだ荷解きが終わってないらしくて、急いで帰らなくちゃって。」
「そうなんだ。昨日、引っ越してきたばかりだって言ってたもんね。」

そんな彼女の机を見ていたら、斜め前の席の山下さんが「何か手伝えることがあれば良いんだけどね。」なんて笑っていた。俺は山下さんや、他のクラスメイトにまた明日と手を振って、入り口で待っていた日吉と教室を後にした

「本当に部室には寄らないで良かったのかな?」
「あぁ、そのまま直帰しろとのことだ。」
「ふーん。」

日吉と帰り道の大通りを歩きながら、宍戸先輩にお疲れ様ですって言ってないやなんてことを思っていた。それに先輩方はもう帰ったのだろうか、跡部さん辺りはまだ残ってそうだけど…。やっぱり、先に帰りますくらい言って帰るべきだったかな。そんなことをぐるぐると考えていれば、少し先を歩いていた日吉が振り返って、「そう言えば、お前のとこに転校生が来たんだろ?」と思いついた様に問いかけてきた

「うん、倉崎陽菜さんって言って、すごく良い子そうだったよ。」
「それは別にどうでも良い。だけど随分と中途半端な時期だな。」
「そうだね、もう体育祭も文化祭も終わってるし。あと一月くらいで冬休みだっけ。」

確かに中途半端な時期と言えばそうだけど、きっとそういう家庭の事情もあるのだろうから別段、気にはならないけど…。隣を歩く友人はどうもそうでは無いようだ

「それに随分とタイミングが悪い。」
「…まぁ、あんな事件があった翌日だからね。」

倉崎さんが来てからは、自分のクラスで昨日の話を聞くことは全くなかった。皆が皆、倉崎さんと話しているか、彼女の話をしているかのどちらかだったから。だから日吉の言わんとしていることを思い出して、俺は自分でも分かるくらいにサッと顔を曇らしていた

「勿論、偶然かもしれないが、俺は何か2人には関係があるんじゃないかと思ってる。」
「え?倉崎さんと亡くなった先輩に?」

それは考えすぎだと思うけど…。と日吉に言うも、日吉の中じゃこの疑問はもうすっかり根付いてしまっているようだ。昔からこういうことに興味があったっけ。謎とかオカルトとかそういう方面に…

「時期外れの転入生に、不可解な自殺。この2つが重なったんだ。何かあると疑う方が普通だろ。」

そういうのを思いつかないのが普通だと思うんだけど…、なんて言葉は日吉の機嫌を損ねるであろうものだから、俺は黙って飲み込んだ。だけど俺は正直、倉崎さんと先輩に共通点なんて全く無いと思うのが本音だった。報道部に入ってたと言っていたけど、本当にそういう事件とかには無縁な存在に見える倉崎さん。正直、まだあまり会話らしい会話はしていないけど、俺から見た彼女は本当にそういう存在なのだ。それに例え、先輩と知り合いだったとしても、倉崎さんが落ち込んでいる風や気にしている様には全く見えなかったし。だから俺は、今日倉崎さんが転入してきたのは全くの偶然だと思ったのだ

「日吉は本当に何か2人に関係があると思うの?」
「あぁ。疑わない理由は無いだろ?」

そう言った日吉の目は、何故か妙に爛々としていた。あぁ、どうやらこの事件は、日吉の好奇心という名のスイッチを押してしまった様だ。俺はそんな友人の隣を歩きながら、どうしたものかと肩を竦ませた。きっと此処で俺がどう倉崎さんと昨日のことは関係が無いと説明したとしても、日吉は絶対に納得しないだろう。何が何でも自分で調べて、納得するまで倉崎さんに付きまとうんだろうな、なんていうことが容易に想像できた。正直、彼女に迷惑はかけたくないところだろうけど…。何故か俺はそれ以上、日吉に言葉をかけることが出来なかった


疑い生まれる疑問
(一体全体、どうしたものか……)

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