昨日の事件が一見して「今日の授業は、午前中で終わりだ。」と、それだけ告げると原口先生は小走りに教室を後にした。13時までには完全下校するようにとのことで、教室に残された生徒達は広げていたお弁当やパンなどを鞄にしまい始め、早く帰れてラッキーと何人もの生徒が喜びの声をあげていた。ざわつき始めた教室の中、私は急いで机の上に出していたノートやらシャーペンを鞄に詰め込んで、席を立った

「陽菜ちゃん、もう帰るの?」
「うん。引っ越してきたばかりでまだ荷物整理が終わってなくて…。急いで帰って荷解きしなくちゃ。」
「そっか。頑張ってね!」
「ありがとう。それじゃあ、また明日ね!ばいばい。」

未だ教室にいてお喋りをしていたクラスメイト達に別れを告げて、私は急ぎ足で学校を後にした。いの一番に学校を出たからか、通学路に氷帝生は疎らにしかおらず、私は誰にも見られていないことを確認しながら、人気の無い路地裏へと入り、そのまま歩みを進めた。そして路地の中間辺りまで歩いたところで、私はくるりと後ろを振り返った

「キュゥべぇ、いるんでしょ?」
「もちろんさ。」

誰もいない筈の路地裏で声をかければ、くりくりとした赤い目がゴミ箱の影から顔を覗かせた

「新しい環境はどうだい?」

白く長い耳をふわふわと揺らしながら歩み寄ってきたキュゥべぇは、足元に来たかと思えばぴょんと、そのまま私の右肩に飛び乗った

「なかなか良好だよ。でも、昨日の事件のせいで結構な騒ぎになってた。」
「そうだろうね。突然、何の前触れもなく近しい者が死んだんだ。君たち人間にとっては、騒ぐに値する事象だ。」

ま、僕には関係ないことだけどね。そんな風に話すキュゥべぇはいつもの変わらない表情でフリフリと白い尻尾を左右に揺らしていた。それが首に当たる度にくすぐったくて、私は止めてと右手でその尻尾を掴んで止めさせた

「…で、昨日マンションの屋上から飛び降りた咲口先輩…、やっぱり魔女の仕業なんだよね。」
「そうだね。どうやら彼女は運悪く、魔女に目を付けられたようだ。それに、この街は前の地区に比べて瘴気が濃いみたいだね。それなりの魔女が潜んでいてもおかしくないよ。」

それは厄介な地区に来てしまったな…。前の地区でも、それなりに魔女はいたけど、それよりも多いとなると…、早いところ魔女を退治してしまわないと

「今から、その咲口茜を死に導いた魔女を倒しに行くんだろ?」
「その予定だよ。次の犠牲者が出てしまう前に対処しておかないと。」

私はスカートの右ポケットに手を入れ、その中からオレンジ色をしたソウルジェムを取り出した。穢れを浄化したばかりの澄んだソウルジェムは、今は弱々しく光を放っていた

「どうやらこの近くに魔女は潜んでない様だね。」
「だけどこの輝き方からして多分、そう遠くない場所に巣があるはずだよ。」

小さく光を放ったり消えたりを繰り返すソウルジェムを私は掌に乗せたまま、路地裏を出て大通りへと向かった。そのまま人ごみの間をすり抜けながら交差点を突き進んで行けば、閑静な住宅街へと辿りついた。咲口先輩のマンションからはだいぶ離れてしまったこの場所で、掌の上にあるソウルジェムが、一際強く光を放ったのだ

「…公園。」
「そうみたいだね。どうやらこの公園の何処かに、巣があるみたいだ。」

キュゥべぇは私の肩からぴょんっと地面に降り立つと、そのまま公園の中へと足を進めていく。私は、その後を追いながらキョロキョロと辺りを見回した。まだ子供達は学校や幼稚園に行っている時間帯だからか、公園に人の姿は無く、公園の外からも人の声は聞こえてはこなかった

「見つけた。」

その静かな空間で、キュゥべぇのポツリと呟いた言葉が耳に届いた。ある一点を見つめるキュゥべぇの視線を辿ってみれば、1本の大きな木に黒々とした渦が、禍々しいオーラを放ちながらそこに存在していた。間違いない、魔女の巣への入口だ。私は持っていたソウルジェムをギュっと握りしめ、その木の前に立ちはだかった

「キュゥべぇ、行くよ。」
「あぁ。いつでも準備は出来てるよ。」

そう言うや否やその真っ黒の空間へと身を投げたキュゥべぇに続き、私も一歩、その中へと足を踏み入れた


その世界に身を投げて
(それは私の使命)

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