「資料は集まったか?」
「はい、此方に揃っております。」

第一生徒会室のソファに腰を下ろしたまま、俺は執事の田所から1冊の束となった資料を受け取った。ペラりとページを捲れば、そこには1人の女子生徒の顔写真と、咲口 茜 ( サキグチ アカネ )。その名前が綴られていた

「未だに彼女がマンションの屋上から飛び降りた原因は、分かっていないそうです。」
「…そうか。もう良いぞ」
「かしこまりました。また何か御用がございましたら、何なりとお申し付けください。」

「それでは失礼いたします。」そう一礼し、生徒会室を後にした田所を一瞥し、俺は手元の資料へと視線を移した。

咲口茜 (14歳)。クラスは3年D組に席を置いていた。性格は明るく、常にポジティブ思考。自分のクラスだけではなく、他クラスにも友人がおり顔も広い。人望も厚いため、男女問わずに人気があった。友人の話では特に悩みがある様子もなく、自殺した前日もクラスメイトに笑って「また明日ね。」そう言っていたそうだ。家庭内でもこれといったトラブルは無く、円満な家庭だったようだ。…D組と言えば確か、向日と同じクラスだったか

俺はそこまで読み、机の上にバサリと資料を置いた。一体、この咲口に何があったって言うんだ。警察が現場検証をした結果、絶対に自殺しかありえない状況。かと言って、いくら調べても自殺した原因が分かんねぇ

「……ちっ、」

俺は舌打ちを1つして、胸ポケットに入れていた携帯を取り出し向日に連絡を入れた。同じクラスメイトだった向日なら、何かに気付いてるかもしれないからな。プルルルル、単調なその音を4回聞いた後、「……跡部か?」そんならしくない、落ち込んだ向日の声が耳に届いた

「…あぁ。向日、お前…。」
「…えっと、咲口のこと、だよな…?…確か、跡部がその……、自殺…した理由…調べてるって侑士が言ってたから…。」
「……悪い。…お前も咲口と、仲が良かったんだよな…。」
「…おぅ。」

俺は一層、落ち込んだ向日の声に俯き、前髪をくしゃりと握り締めた。…らしくない。クラスメイトな上、交友関係の広かった咲口だ。向日と友人だった可能性だって高かったはずなのに。俺はその可能性を全く考えていなかった。友人を一番に大切にする向日のことだ。一等、落ち込んでいるはずなのに。そんな時に咲口の話をするのは酷すぎた。向日に話を聞くのは、今はまだ止めておこう。そう思い口を開く前に

「…けど、俺も咲口が…何を思い詰めてたか知りたい…から…。俺で分かることだったら、…協力するぜ、跡部。」

電話越しだが、弱々しく笑っているだろう向日の顔が容易に想像できた

「…あぁ、助かる。放課後、部室に行く前に第一生徒会室に来てくれ。」
「分かった…。じゃあ、…また後でな。」

ピ、その音を最後に向日との通話は途切れた。ツーツーツーという無機質な音を耳にしたまま、俺はもう一度、前髪をくしゃりと握り締めた。らしくない。何だって言うんだ、俺がしっかりしないでどうする。はぁ、と溜息を1つ吐いて俺はもう一度、咲口の資料へと手を伸ばし、目を通した。途端に襲い来る後悔の念

「気づいてやれなくて、悪かった…。」

そんな言葉を残したところで何の意味もないことだが、どうしても言わずにはいられなかった。俺がもっと、生徒全員に目を配っていたら、こんな恐ろしい事など起こらなかったかもしれない。償いなんて大それたこと出来はしないが、絶対に咲口に何があったか突き止めてやる。咲口をそこまで追いやった原因、何が何でも徹底的に、俺様が拭い去ってやる

だから今は、ただ安らかに ――…


王者の溜息に
(気づけなかったことは守れなかったこと)

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