朝のホームルームが終われば、倉崎さんの元へクラスメイトが集まって、一種の質問大会が始まっていた。倉崎さんの席は俺の前の座席に決まり、必然的に俺も質問大会に参加させられている様だ。これはいよいよ読書をするのは諦めた方が良いだろう。お楽しみは家に帰ってからということで、俺は黙って倉崎さんたちの会話に耳を傾けた

「倉崎さん、此処に来る前は何処の学校だったの?」
「此処に来る前も色んな学校を点々としてたんだけどね、前までは立海にいたよ。」

そう言って今まで転校してきた学校を指折り数える倉崎さんに、皆は口を揃えて「大変だったんだね。」と声を零した

「何か部活に入ってた?」
「報道部にいたよ。色んな疑問や事件みたいなことを調べてね、校内新聞を作ったりしてたんだ。」

何というか、彼女のイメージと一致しないなって思った。パッと見た感じ、あまり積極的に前に前に行こうとしない風に見えたけど。どうにも倉崎さんがネタを求めて走り回る姿を想像できないでいた。それとも、もっと仲良くなって話していけばそういう面を見ることが出来るのだろうか。少しだけそれも良いな、なんて思ってしまう俺がいるわけで

「ねぇねぇ、陽菜ちゃんって呼んでもいいかな?」
「あ!ずるい!私も呼んでもいい?」
「勿論だよ。あ、皆の名前も教えてもらっていいかな?私も皆のこと名前で呼びたいな。」

どうやら倉崎さんは、すっかりとクラスに馴染めた様だ。にこにこ笑っている彼女に、見ているこっちまで暖かい気持ちになる。そんな彼女の人徳に、俺だけじゃなくて皆も惹かれているようだった。それから一気に自己紹介へと移り、1人づつ名前を言っていくクラスメイトに倉崎さんは必死に名前を覚えようとしていた

「鳳、お前も自己紹介しとけよ。後ろの席だろ?」

一通りクラスの皆が名乗った後、佐竹の言葉に倉崎さんの視線が今度は俺へと向いた。それに「そうだね。」と答えて、俺は後ろに振り返った倉崎さんの橙色の瞳に、自分のダークブラウンの瞳を合わせて微笑みかけた

「鳳長太郎だよ。宜しくね、倉崎さん。」
「宜しくね、鳳くん。」

倉崎さんは小さい声で「鳳長太郎くん…鳳長太郎くん…。」と呪文の様に俺の名前を繰り返し呟いたかと思うと「よし!これで皆の名前、覚えれたはず!」なんてにっこり笑っていた。そんな彼女に、跡部先輩並みの記憶力だな。なんて驚かされたのは此処だけの話。俺はまた質問大会へと戻ってしまった友人たちの会話に耳を傾けながら、倉崎さんとも仲良くなれたらいいな。なんてこっそりと思うのだった

君の名前を覚えるよ
(きっと楽しい毎日が始まるはずだ)

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