それでは始めましょうか
バターンッと激しい音をたてて蹴り飛ばした扉の先には、思った通り。手術着を着た医者の霊が、手術台を背にこちらを向いてぼーっと突っ立っていた。暗がりでも確認出来た霊の服や身体は、ドス黒く変色した血に塗れている。その時、パチっと霊と視線が合い、マスクの下で口元は見えないけどニヤリ、そう笑った気がした

「椎名っ!」
「任せて!」

勝呂くんが詠唱体制に入ったのを確認して、私は霊の足元を狙い、構えていた銃のトリガーを引き絞った。ガウン!と小気味良い音が室内全体に響いたかと思うと、続けざまに5発。六芒星の形で霊を囲むようにして銃弾を打ち込んでいく。丁度6発、打ち込んだのを確認し、パチンと左手の親指と中指で指を鳴らせば、銃弾から飛び出した光が壁の様に霊を覆った。これで簡易結界の完成だ

「見たか私の高速打ち!」

ずびし!と人差し指を霊に向けて付きだせば、医者の霊は身動きを封じられたというのに、「凄いですねー。」なんて言ってはただにこにこと笑っている。何だかバカにされてる気がしないでもないんだけど…

「ところで今夜の患者は2人もいらっしゃるのですね。」
「生憎だけど私たち健康体だから、患者じゃないんだよね。」

相も変わらず霊は、血にまみれた目尻を細めてにこにこと笑みを携えている

「どうやら貴方、頭の調子が悪いようですね。これは早急なるオペが必要だ。」
「余計なお世話ですよヤブ医者ゴースト。」
「おや、頭もだが口も悪いらしい。これは縫い付けてしまわなければいけませんね。」

そう言うと途端に膨れ上がる霊力。結界を張っているから、少しの間は手だし出来ない筈…。だけど何があるか分からない。私は、じりっと足を動かして詠唱をしている勝呂くんを庇うように前へと移動する

「さぁ、オペの時間です。」

そう呟くや否や、今まで台の上に並んでいた何本ものメスや剪刀が、私と勝呂くんめがけて雨の如く降り注いできた

「ちょ、そんなのあり!?」

すれすれの所で何とか交わしながら、私はホルスターから別の銃弾を引き抜き銃に込めた後、勝呂くんの方へ飛んでいきそうになるメスを打ち落としていく。ガウン!ガウン!という音に比例するように、メスが1つ2つ、カランという音をたてて床に落ちていく。最後の1つを打ち落とした後、私は丁度、弾切れになった銃に別の銃弾を装填した

「お見事ですね。腕の方はどうやら健康そのものらしい。」
「それは、どうも。」

私はガチャっと霊に向けて銃を構える。しかし一体、どういうことなんだろう。今は簡易的な物と言っても、霊の周りには結界を張っているから身動きは出来ないはずなのに。勝呂くんは経の半分を過ぎたところか、こちらを気にしながらも数珠を手に詠唱を続けている。私は何が何でも霊に詠唱の邪魔をさせないようにしなくちゃ

「ですが頭と口のオペは今すぐにでも初めてしまわないと。」
「本当、余計なお世話だって言ってるよね!?」
「これは重症だ。」

私のツッコミなんて全く聞かない霊は、にっこり笑い自分の右腕をスっと上に上げた。って、嘘!もう結界の効力が切れてる!?

「メス。」

そう小さく呟くと、霊の持ち上げられた右手に、何処からともなくメスが飛び込んでくる。赤黒い血に塗れたそれにギョっとしいていると、霊はメスの背を左手で優しく撫で鋭い視線を私に向けた

「では、オペを再開します。」

ヤバい、そう思った時には既に霊は私に向かって突っ込んできていた。後ろに勝呂くんがいる為、避ける訳にはいかない。私は構えていた銃で霊の眉間を狙って2発打ち込む。途端に、霊は霧になって身体を分散させ、また私の右横に身体を構成させ突っ込んでくる。それにまた銃弾を打ち込めば再度、身体を分散して回避する

「ああ!もう物理攻撃が利かないとか相性悪すぎる!」

私は軽く地団太を踏み、また別の銃弾を銃に装填する

「これで、どうだ!」

ガウン!と霊の首元に向けて放った銃弾は見事に命中し、分散するよりも早く銃弾からは炎が吹き出しあっという間に霊の身体を包み込んだ

「ィギャァァァッ!」
「どうだ見たか!」

ははん!と笑っていると丁度、勝呂くんの詠唱も終わったのか

「ハラギャテイ ハラソウギャテイ ボウジソワカ!」

一際、大きくそう唱えると炎に包まれていた医者の霊はバシィィッ!という音と共に消えていった。どうやら除霊は無事に成功したようだ。それに私はやっと肩の力を抜いて、銃を腰のホルスターに戻した

「お疲れ様、勝呂くん。」
「椎名もお疲れさん。せやけど何で結界に閉じ込めとった霊が、攻撃できたんや?」

「身動きは出来ん筈やろ?」勝呂くんは最初に霊の動きを封じる為に打ち込んだ銃弾を見て首をかしげる。確かに打った位置にも問題はない

「そうなんだよね…。何かそこが引っかかるというか。」

確実に結界は張れていたはずだし、あの一瞬、霊の動きも完璧に封じていたはずだ。この場に他の霊がいたとしたら話は別だけど……って、もしかして!

「椎名っ!後ろや!」

勝呂くんの声に反応して、バっと後ろを振り返れば、看護師の恰好をした女の霊が正に今、私に向かって右手に握りしめたメスを振りかぶったところだった。やっぱり、もう1人いたか!けど、避けようにしてもこの距離じゃ避けれないし、ましてや銃を構える隙もない!私はせめてもの抵抗で両腕を交差して、致命傷を与えられそうな顔から心臓をカバーしてぎゅっと目を閉じた

「ふるえゆらゆらとふるえ 霊の祓い!」

バシュンッ!という音がすぐ目の前で聞こえ、私は驚いて目を開いた。しかし悪魔の形相で私を切りつけようとした看護師の霊はおらず、私はパチクリと目を瞬かせてそのまま視線を入口へと向けた。そこには同じ候補生である子猫くんと出雲ちゃんが、額に汗を浮かべ肩で息をして、顔を真っ青にしている。そこには明らかに心配していましたという表情が見て伺えて、私は両腕を広げてわーっと2人に飛びついた

「子猫くん!出雲ちゃん!ありがとおおお!」
「…だ、だからいつも馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでって言ってるでしょ!」
「2人共、ほんま無事で良かったです。」

「離れなさいよ!」なんて言いながらも顔を真っ赤にして暴れる出雲ちゃんに、安心した様に息を吐く子猫くんに私は今日1番、癒されました。それから「そろそろ離してやりい。」という勝呂くんの言葉に渋々、2人を自分の腕から解放すれば今日で何度目になるか、出雲ちゃんのお説教タイムが始まった

「だからアンタはいつも、油断するなって言ってるでしょ!最後の最後でミスするなんて本当、ばっかみたい!」
「うん、ゴメンね。これから気を付けるね。えへへ。」
「って、アンタ反省してないでしょ!」
「えーしてるよー。」

「本当、出雲ちゃんはツンデレで可愛いよねー。」うっかり滑らしてしまった本音に、出雲ちゃんの雷が落ちたのは言うまでもないでしょう


それでは始めましょうか
(これにて任務完了です!)
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