満月の血みどろドクター
あれから季節は流れて、私はこの新しい世界で15回目の冬を迎えていた。今は一人前の祓魔師になるために正十字学園と祓魔塾に通っている候補生(エクスワイア)だ。ところで私が何故、祓魔師を目指しているかというと、あの森で猿の姿をした悪魔に襲われたことから一転、私は悪魔の姿を見ることが出来る様になり散々、悩まされていた。右を見れば魍魎(コールタール)、左を見れば魍魎、後ろを見れば魍魎、前を見れば魍魎。そんな怖いを通り越して、鬱陶しいというイライラ絶頂の中。出会ったのがメフィスト・フェレス。この正十字学園の理事長だというから驚きだ。そして私は彼から祓魔師という職業を聞かされ、遂には目指してみないかという言葉によって、まんまと今に至るという訳だ

「至る訳なんだけど、何で私はこんな肝試しみたいなことやってんの。」
「肝試しやのおて、任務や任務。」

そんな私の至極全うな呟きに突っ込んだのは、これまた同じ候補生である勝呂竜士くん。見た目は泣く子も黙る不良なのに、内面は凄く真面目で努力家で良い奴という。そんなギャップという裏切り行為に私が密かに、地団駄を踏んだのも記憶に新しい。そして今は彼が言った通りに任務中な訳で、今はもう使われていない深夜の廃病院の中を勝呂くんと2人懐中電灯片手に歩くというね。何ていうかやっぱり肝試しじゃんか

「でも、こうも霊(ゴースト)が出てこないなんて…。奥村先生、任務内容間違ってるんじゃ。」
「んな訳あるかい。隠れとるだけやろ。」

「はよ歩かな、置いてくで。」そう言ってすたこらと先に行ってしまう勝呂くんに「薄情物!」と返すけど大した効果はなく、冗談ではなく割と本気で置いて行かれそうだったので慌ててその後を追った。まさか本気でこんな恐ろしい場所に置いていかれたら、たまったもんじゃない。ダッと勝呂くんの傍に駆け寄って、置いて行かれないように彼の服の裾をこれでもかとばかりに握り締めれば、はぁ…と勝呂くんから呆れたような溜息が零れ落ちた

そもそも、私たちが病院内に入ったのは今から10分程前。私たち候補生は奥村先生によってこの廃病院の前に呼び出されていた。建物の窓ガラスは割られ、外壁はボロボロ、蔦が絡みに絡みついたこの病院は、見るからして「此処!霊がいますよー!」と高らかに宣言している風に見えた

「まさかの任務…この病院内とかじゃないよね…。」
「そのまさかです。では、今回の任務内容です。」

そんな私の呟きをさっさと切り捨てて、テキパキと書類を読み上げる奥村先生。私の硝子細工という名のハートが砕け散りました。「大丈夫?梢ちゃん…。」と心配そうに頭を撫でてくれる、しえみちゃんが天使すぎます…うっ

「さて、今回の任務はこの廃病院にいる霊の除霊です。」

奥村先生の話によれば、満月の夜になると、何処からともなく生きた人間を1人、連れてきては手術室に連れ込み、無理やりに手術をする医者の霊がいるとのこと。それだけで勘弁してください状態なのに、悪趣味なことにその霊は、手術した人間を病室内に入院患者として閉じ込めているそうだ。それじゃ成仏すら出来ないではないか
奥村先生から簡潔に、医者の霊について聞かされた後、今回は2人一組になって霊を探し、見つけしだい除霊するという任務内容を聞かされた。そして選ばれた私のパートナーが勝呂くんという訳だ。何ともありがたい。これが志摩くんとかだったら、ある意味頼りなさすぎて私は既に入口時点で根を上げていただろう

「しっかし、何処も薄気味悪うて、空気が不味いわ。」
「いや、気味が悪いとかそういうレベルじゃないよ。私もう足が生まれたての小鹿。」

ちょっとしたお茶目ジョークだったのに、言った途端にギっと勝呂くんから鋭い視線をぶつけられた。何というかその目が「コイツほんまもんの阿呆や。」みたいに憐みに塗れていて、かなり傷ついた

「お前、祓魔師目指しとんねやろ?こんくらいでビビって、どないするん。」
「違うからね。この肝試し行為と悪魔とか霊とかは、全然別物だからね。」

「一緒やろ。」なんて言う勝呂くんに、私は「分かってない!」と今にも説教を始めそうになった

「別に私は悪魔とか霊が怖い訳じゃないんだよ。ただ、このいつ出てきて驚かされるのか分からないという状況が嫌というか。建物全体のおどろおどろしい雰囲気が嫌というか。何処にいるか分からなくて、見えないってのが嫌というか。」

「いっそのことラスボスの如く、どしーんと構えててくれたらいいのに。」そうぶちぶち文句を言う私に、勝呂くんは適当に「そんな悪魔おるかい。」と突っ込んでくれる。どうでも良くても絶対に突っ込んでくれる、そういう勝呂くんに何度、私のボケは助けられてきたことか

「ところで勝呂くん。」
「分かっとる。」

その言葉を合図に、私たちは1つのドアを挟んで目配せをする。【手術室】、此処からこの病院内で今まで感じたことの無い様な強い霊気を感じた。勝呂くんも“当たり”と踏んだのか、緊張した面持ちで右手にかけていた数珠をぎゅっと握りしめた

「フォーメーションは覚えとるな?」
「勿論。勝呂くんが詠唱してる間、私が霊を足止めする。」
「なんや色々、省略されとる気もするが…まぁ、ええわ。」

要するにそういうことでしょ。勝呂くんが霊祓いの為の詠唱をしている間、私は霊に勝呂くんの邪魔をさせない、そして絶対に逃がさない。完璧!
私は腰のホルスターに刺さった銃を一丁抜き取り、両手で構えた後、勝呂くんにチラリと視線を向けた。どちらからともなく頷くと私は手術室のドアを右足で思いっきり蹴り飛ばした


満月の血みどろドクター
(「いくよ勝呂くん!」
 「おっしゃ!始めるで!」)
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