彼らの世界は狂ってた
僕はどうにも朝が苦手で、同室のいない僕のために朝はいつも雷蔵が起こしに来てくれていた。明日の朝も起こしに来てくれるのかな。そんな淡い期待を持って、その夜、僕は眠りについた


「空斗、起きて。」

軽く揺り動かされる振動で、目が覚めた

「おはよう空斗。」
「…おはよう、…勘ちゃん。」

瞼を持ちあげれば、眩しい朝日と一緒に上から僕を覗きこむ勘ちゃんがいた。勘ちゃんはやっぱりいつもみたいに優しく笑っていて、そんな勘ちゃんに僕は「雷蔵は?」なんて聞くことが出来なかった。そんな僕の心情なんかお見通しの勘ちゃんは、布団は畳んでおくから顔を洗っておいでと優しく促した。それに素直にお礼を言って、僕は井戸へと足を運んだ

あれから1日が経ったけど、いつも一緒にいた仲間たちは傍におらず、それどころか姿さえも見かけることはなかった。聞いた話では、彼らは噂の天女様につきっきりだそうだ。彼らだけじゃなく、忍たまのほとんどの生徒たちが彼女を慕い尽くしている。寂しいよ、悲しいよ、辛いよ。皆が傍にいてくれないだけで、こんなにも心が痛い。もう僕には、勘ちゃんしかいないんだ…ぽっかりと穴が空いてしまった心を、冷たい風が流れ冷やしていった


「勘ちゃん…これ、注文出来るのかな…?」
「んー難しいね…。」

僕と勘ちゃんは朝食を食べようと、2人並んで食堂に足を運んだ。だけどそこはいつもの笑顔でおはようを言ってくれるおばちゃんや、ゆっくりとご飯を食べる忍たま達はいなくて騒々しく、朱に染まった頬を隠しもしない忍たまで溢れ返っていた。そしてその中心には、噂の天女様なのだろうか。小柄で可愛らしい女の子が、これまた愛らしい笑顔を振りまいている

「空斗は先に座ってて。僕はおばちゃんにご飯貰ってくるから。」
「ありがとう、勘ちゃん。」

カウンターに行く勘ちゃんを見送って、僕は座れる席をキョロキョロと探す。だけど探すまでもなく、大半の忍たまは天女様の元に行ってる訳だから席はいくつも空いていた。その中でも、僕に向かって手をひらひらと振っている先輩を見つけて、僕は小走りで駆け寄った

「善法寺先輩おはようございます。」
「おはよう空斗くん。」

挨拶を返せば、いつもの様に挨拶を返してくれるのだけれど、何処か感じる違和感に僕は首を傾げる

「あれ、先輩。他の先輩方は?」

あぁ、そうだ。善法寺先輩の周りには、いつも賑やかな先輩がいなかったのだ。だから感じた違和感。そのまま尋ねた言葉に、善法寺先輩は目だけをカウンターにやる。僕も従って視線をやれば案の定、色鮮やかな装束の中に混ざる松葉色を見つけた

「先輩は、天女様とお話しないのですか?」
「僕は話さないよ。だって彼女は汚いからね。」
「…え。」

はっきりと口にされた天女様を否定する言葉と、人を射殺さんばかりのギラついた忍びの目。普段、温厚な先輩であるからこそ、僕にとってそれは凄く衝撃的な物だった。だけど、その気持ちとは裏腹に何処か嬉しく思ってしまう自分がいて、少しだけ嫌になる

「今、この学園はおかしいんだよ。あの女が来てから、皆おかしくなりだしたんだ。」
「…先輩………。」

先輩から流れ出る殺気。それは天女様に向けられていて、明らかに感じ取れる程の殺気なのに忍たま達は気付きもしない。あぁ、本当だ……これはおかしなことだ


彼らの世界は狂ってた
(あぁ、早く助けてあげなくては…)
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