ある麗らかな日の午後のことだった。澤村は庭園の木に寄りかかりながら、本を読んでいた。傍らには愛猫の黒尾が丸まっている。黒い毛を持つ雄猫だ。喉元を指で撫でれば、ゴロゴロと甘えるように鳴る。少しだけ微笑みながら、ページを進めた。しかし、静かだった庭に忙しない足音が届く。黒尾の耳がぴくりと動いた。
「うわあ!遅刻チコク!」
トタトタといそがしそうに、一人の少年が駆けていく。橙の髪、頭から生えた白く長い耳と、金色の懐中時計。澤村は思わず目で追ってしまっていた。元々、澤村は探求心が強かった。あのうさぎのような耳がどう言う風に頭と繋がっているのか、気になって仕方がなかった。どうもつけ耳には感じられなかったのだ。本に栞を綴じて木の脇に置く。そしてうさぎ少年を追いかけ始めた。黒尾はくわりとあくびをして、澤村の後ろについていった。
「こんなんじゃ影山に殺される……!あーどうしよ!」
うさぎ少年は唸りながら、木の影にあった穴の中へと飛び込んだ。こんな穴うちにあったかなと不思議に思いながらも、澤村と黒尾もそれに続く。深い穴だった。澤村はすぐ後に落ちてきた黒尾を抱き寄せて、着地の衝撃に備える。

ようやく地面が見えた。しかし、尋常ではないと思われた衝撃は、地面の柔らかな素材のお陰で、ほとんど現れなかった。黒尾をおろし、パンパンとエプロンスカートについた汚れを払いながら、辺りを見回す。やけに小さな扉と、テーブル。テーブルの上には、怪しげな色をしたケーキが置いてある。
『EAT ME!』
ただでさえ食べ物とは思えない色合いなのに、水色のクリームで書かれた文字がさらに奇妙さを増している。澤村がケーキをぶん投げてしまおうかと思っていると、黒尾がテーブルへと飛び乗り、ケーキに近づく。止める間もなく、ちろりとそのケーキを舐めた黒尾は、みるみるうちに小さくなった。成る程、これを食べると小さくなるんだな。納得した澤村は、ケーキ脇にいる黒尾を床に下ろしてから、恐る恐るケーキをひとかけ口にした。すると先程の黒尾と同じように縮み、さっきまでは通れなさそうだった扉にちょうどいいサイズとなった。この先にうさぎ少年がいるかは分からないが、澤村はなんだかわくわくしていた。足元の黒尾と共に、扉の先へと進むことにした。

扉の先はすぐ森だった。よくわからない鳥の鳴き声が響く森は、テレビで見たどこかの密林のようだった。黒尾が変な虫にでも刺されては危ないと、抱き上げる。そして再び顔をあげたとき、ピンクと黒のしましまが、木の上で揺れているに気づいた。
「……森で迷子?君は誰?」
見上げてみれば、プリン頭に猫のような三角の耳。腰からは長い尻尾が伸びた少年が木の上に座っていた。ぴょんと飛び降り、目の前に来る。やる気の感じられない目が、澤村を観察しているように思われた。
「澤村だ。その猫は黒尾。白い耳をつけた子供を追いかけてきたんだよ」
「……猫、仲間だね」
プリン頭は黒尾の頭を撫でた。黒尾はなにもせず、ただされるがままだ。澤村は何だか自分が無視されているように感じた。
プリン頭は踵を返した。長い尻尾がゆらゆらと揺れている。
「澤村さんが言ってるのはきっと翔陽だよ。これから公爵の家でお茶会なんだ。会いたいならついてきて」
ほんの少しだけ笑って、プリン頭は歩き始めた。耳がぴこぴこ動く。お茶会には、こういう不思議人間が他にもいるのだろうか。

HQアリスパロの残骸
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