夢を見た。
夢の内容は覚えていないのになんだか悲しくて、朝起きればまた頬に涙の跡がついていた。
『・・・あちゃー』
ひとりの室内に響くため息の原因は手に持っている体温計で
稀に見る高熱を出したらしい私の体は怠くて重い。
『トシ兄、38.1だった 』
「・・きょうは休め」
『うん、寝とく』
「嗚呼、学校終わったら見舞いに行くからよ。俺が来るまで絶対動くな 」
『えー、大袈裟だなぁ』
こういう時従兄弟が自分の学校の教師って、すごい便利だと思う。水分を欲していた身体に水分を与えソファに沈み込めば眠気がやってきて
私の意識はそこで途絶えた。
「ねぇ、はじめくん」
「はじめくん!はじめくんってば!!」
「なんだ平助、あんたはまたなにかやらかしたのか?」
「ちげぇよ!!なんだよ俺がいつもやらかしてるような言い方・・・ってそうじゃなくて!!なまえ、今日休みなんだなー」
「そうみたいだな」
「そうみたいだな、って・・・はじめくんなまえとなんかあったのか?」
文化祭明けであり午後は研究授業ということで対象のクラス以外は午前授業の今日、なまえの姿はなかった。
総司が言ってたことには土方先生曰く、高熱を出し休んでいるらしい
それを告げてきた総司の意図はいまだに分からぬが今日は頭の中を占めていたのは大半なまえのことだった。
「なまえ、一人暮らしだしちゃんと飯食えてるか心配じゃねーの?」
「っ、だがしかし・・・」
文化祭のあのなまえの表情が俺を躊躇わせる。あの表情にさせたのは間違いなく俺だ。それをわかっている故に、あの時追いかける事などできなかった。
「平助、はじめくんはヘタレなんだから仕方ないじゃない」
「なっ、総司!いつからそこにいたんだよ!」
「いつからってここ、僕のクラスなんだけど?」
「あ、そっか!」
「馬鹿なんだから、相変わらず・・・ 」
「うるせぇ!!!」
「総司、平助、静かにしろ。帰るぞ。」
「ねぇ、はじめくん。今頃なまえちゃん高熱で倒れてるかもね?苦しんでるかもしれないね」
「・・・帰るぞ。」
総司の顔を見ればニヤニヤとしていて、やはりこいつはからかっているだけか、とため息を零せば平助と目が合った。平助は眉を下げ、何かを言いたそうにしている。大方、なまえのことだろう。だがしかし、俺はあいつを傷つけてしまったことにはかわりないのだ。言葉のすれ違いと分かってはいるものの俺はこれ以上あいつのあの表情を見たくはないと、そう思ってしまった。
「なぁ、はじめくん。」
「なんだ。」
「なまえさ、ぜってー、泣いてたよ。おれは直接みてないけど、文化祭後のなまえの笑顔、いつもと違って、元気なかったよ。」
「僕が悪戯してもいつもみたいにつっかかってこなかったしね」
「ふたりになにがあったかしらねぇけどさ・・・」
仲直りして欲しいよ
その平助の続きの言葉を聞いて俺は静かにため息をついたのだった。
『ん・・・?』
目を開けるとそこは見慣れた天井だった。おでこが冷たくて手を乗せてみたら乗せたおぼえのない濡れたタオル
『え、トシ兄・・?』
掠れた声を出せば足の辺りで動く気配。
「なまえ、起きたか・・・?」
『っ、はじめくん・・・?』
いつもきりっとした目がまだ眠たそうにしているはじめくんは私の額に手を当てて少し険しい顔をした。
「まだ熱いな・・・」
『あ、えっと、はじめくん・・・?』
「・・鍵が開いていたぞ、それにソファーで寝ていたのでベッドに運んだ。粥をつくってある。温めてくる故待っていろ。」
なんではじめくんが?なんで、わたしの看病をしてくれてるの?そんな疑問には答えてくれそうにもなくはじめくんはただ静かにキッチンへと足を運んでいった。
『・・・やっぱり、優しすぎるよ。』
そう呟いた声は少し離れた本人に聞こえることなく、静かに消えていった。
「なまえ、食べれるか?」
『んー・・・』
「ほら、口を開けろ」
そう言って差し出してきた匙はわたしに口を開けろ、と促していてこれって、あーんなのかな?なんて思いながらもつっこむ気力すらなく素直に口をあけた。
「よし、これを食べたら薬を飲んで再度寝ろ。薬は買っておいた故。」
『・・・のみたくない。』
「あんたは餓鬼か」
『餓鬼ではないけど飲みたくないんだもん!!』
薬は錠剤も粉薬もだめなのだ。昔から風邪を引いたら薬を飲みたくなくてお母さんとゆかりちゃん困らせてたっけ。
「・・・どうしてもか?」
『どうしても!!』
こちらをじぃ、と見てくるはじめくんの目力は結構怖いモノがあるけれど負けじと見つめ返せばはじめくんがため息をつくから思わず勝った、と油断してしまった。
その油断が命取りになるとも思わずに。
「それでは仕方ないな・・・」
『諦めて、はじめくん!』
「・・・なまえ、」
これで飲まなくていい!なんて思いながら外を見ているとギシ、とベットが軋む音がして右肩に暖かい物がのっかる感覚がした。
『・・・へ?』
暖かいものが私の唇に重なって冷たい液体と異物が私の喉を通る感覚が更に私を混乱させた。
『・・・はじめ、くん?』
「俺が好きな者は、あんただなまえ」
嗚呼、これって熱に浮かされるだけかな?
働かない頭でぼーっとはじめくんをみつめると逸らすこともなくじぃ、とみつめ返してくる目は真剣そのもので、夢ではないということを自覚する。
『だって、はじめくん、あの時すまないって、却下だって・・・』
「っ、それは、かっこ悪いだろう。俺の口から伝えたかったのだ。それにあんたは他のものを好いてると勝手に勘違いしていたのも、悪かったと思って・・・だな・・・ 」
『なにそれ・・・』
「・・・すまない」
未だに目が離せないはじめくんの目が苦しそうに歪んで、本当にはじめくんも悩んでいたんだ、なんて伝わったんだ。
『・・・ふふっ、』
「っ、何がおかしい?」
『あははっ、だって私達お互いに勘違いしてたんだって思うとおかしくて』
「お互いに?」
『・・・私さ、はじめくんは他の女の子すきなんだ、って思ってたしさ』
苦笑を浮かべてみせればはじめくんは驚いたように目を見開いていた。
「・・・あんたがそういう風におもっているとは、おもってもみなかった」
『ふふ・・・でも勘違いだったんだね、』
「嗚呼。俺はずっと・・・」
その言葉が夢みたいで、目が覚めたら夢でしたみたいなオチなのかなって思ったけれど、もう一回触れた唇の感触は紛れもなく事実だった。
あんたしか見ていない。(その日見た夢は幸せな夢だった)
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