斎藤 長編 | ナノ


機嫌がいつもより悪いことは自覚していた。

それは何週かぶりに降った雨のせいかもしれないしもしくは朝から土方先生の背中に土方先生の句を書いた紙を貼った総司の所為かもしれない。結局この機嫌の悪さの原因を見つけることもなく一日が過ぎようとしていた。部活の試合も終り一段落、と言う意味でも今日は部活が休みとなっており更に風紀委員の仕事も何もすることもなくSHR後比較的ゆっくりと荷物をまとめていると後ろから肩を叩かれる感覚。

「斎藤くん、ちょっといいかしら?」
「・・・何か用か」

振り向けばあいつの親友が不機嫌そうに微笑みながら俺の方を向いていた

「ねぇ、なまえになにかした?」
「・・なにゆえ」

なまえ。その名前に心が弾む。夏休みが明けなまえが来なくなって幾月か、話すことは少なくそれどころか留年の噂まで立ち始め俺は少なからず動揺した。俺の想いを伝えるにしろ伝えぬにしろなまえはいつも近くで笑っている気がしたからだ。

「あの子、みんなで遊びに行って以来いつも以上に元気なくしてたのよ」

溜め息をついた彼女は腕を組みながらも憂鬱そうな表情を浮かべる。

「俺は何もした覚えはないが・・・」

「ほんとうに?」

じぃ、と見つめられ思わずぎし、と胸が嫌な音を立てる。全く心当たりがないわけではないからだ。あの時のなまえの表情が脳裏に浮かび上がりそれを俺は必死に消そうと試みる。それを繰り返して一週間、俺の心のもやもやは増すばかりでこれをなくすための解決策など何も思い当たらない。


「・・・っもう!二人してじれったいんだから!!」
「っ?!なんの話だ?」
「斎藤くんにいいこと教えてあげるわ」

「なまえ、今日バイト休みよ」

「っ、そうか」

「そうかじゃなくて・・なまえの誤解解くチャンス・・・っ!」

相手の言葉も待たずに行動をするのはいつ以来だろうか、俺はどうしても待てずにその足で、俺の住居でもあるマンションへと走っていったのだった。






『はじめくん?』

急いで帰ってきた俺を見てきょとん、とした様子のなまえは思っていたより普通で
変わらぬ様子に少しだけ安堵する。

「なまえ、」
『久しぶり、ってすごい急いで帰ってきたんだね』
「っ、それはだな、その・・・」
『ん?』
「あんたの、顔が見たくて・・だな・・」
こてん、といった音がしそうな首のかしげ方をした彼女の顔は一瞬で朱色に染まっていく。

「・・・なまえ?」
『あっ、いや、えっと・・・』
慌てて顔をそむける仕草すら俺には可愛らしく見え、心臓の心拍が早まる。

『よかったって、思って・・』
「・・・よかった?」
『・・・はじめくんに嫌われたと思ったから』

なにゆえ?と言葉を発しようとしてなまえの顔を見れば思わず身が固まった。
なまえの顔が少し切なそうに見え、俺のことを好いているのか、と勘違いしそうになり言葉に詰まる。

「・・・嫌うわけは、ない。」

あんたのことを、嫌うことなど出来ないのだ。

『本当に?』
「嗚呼、嫌う理由もない。」
『・・・良かったぁ。』

ほっ、とため息をつきながら嬉しそうな笑みを浮かべるなまえにつられ口元が少し緩む。
その時、携帯のバイブ音が響きなまえの身体が大袈裟な程に反応した。

『あ、ごめん』
「いや・・大丈夫だ」

メールを確認して、俯いた顔がいつまで経っても上がらない

「なまえ、どうかしたか?」
『・・っ、あ、ううん!』

そう言って上がった顔からは何事も読み取る事はできなく、ただ何事も無かったかのように口元に笑みをうかべていた

「・・・どうかしたのか?」
『っ、ううん?』
「何事もない人間がそんなに動揺することはない。」

そういった時になまえの目が見開き、そして一瞬だけ泣きそうに目が細められた。

『・・・お母さん、が、』

少しだけ掠れた声で話始めたなまえの顔には余裕は見えなくて、苦しそうに顔が歪みはじめるのを見ているしかできない俺の耳に随分と焦ったように走ってきた足音が聞こえてきた。

「なまえ!!」
『っ、トシ兄・・・?』

俺の目の先にはつい数時間前まで古典の授業をし、総司の悪戯に頭を悩ませていた先生が目に映る。先生の表情はいつもと違い焦りが見え、なにか深刻なことが起こった事は見て取れた。

「斎藤もいたのか・・・なまえ、ゆかりからのメールを見たか?」
『っ、うん早く行こう』

俺の姿を確認し紫色の目をかすかに見開く土方先生とは対象的に気まずそうに目をそらしさっさと行こうとするなまえ。

「・・・ったく、斎藤!てめぇもついて来い」

『・・・え、ちょっとトシ兄・・っ!!』

呆れたようにため息をついた土方先生はさっさと来い、と言いたそうに俺に目線を送って車へと向かった。
状況が飲み込めないままであるも車内の空気は重苦しくなまえの目線は外へ向けられていてどこか焦りを感じる。

「着いたぞ」

そう土方先生の声が聞こえた途端なまえのが既に車内から飛び出している姿を目の端で捉え車内を出てみればこの地域で一番大きい病院だった。


「・・・・斎藤」
「・・土方先生、これは」
「201号室だ」

俺は一服してから行くからよ、と煙草を口に加え既に紫煙をあげている姿に頭を下げてなまえが向かったであろう、病室へといそぐ。

俺の頭の中では彼女が顔を歪ませた原因が既に頭に浮かんでは消えていた
先生が言っていた201号室の扉は開いていて親戚であろう女性達がひそひそと会話をするのが聞いて取れた。


「結構前から体調良くないのにがんばってたみたいよ」
「翔くんと雫ちゃんまだ小さいものねぇ」
「それになまえちゃんとゆかりちゃん。二人で入院費のために働いてたって・・・」

永遠と終わりそうにない会話が耳に流れてくるのを無視しながら病室へと入るとそこにはなまえが背を向ける形で座っていた。


「なまえ」
『っ?!はじめくん』

一瞬肩を震わせてから振り向いた彼女はあまりにもいつもと変わらぬ笑みで、俺の中で嫌な音がするのを感じた

「・・・頑張ったのだな」
『んーん、お母さんの方が頑張ってたから』

目を細め泣きそうな目をした彼女は口元に笑みを残したままこちらを見つめてくる
俺はこの目にめっぽう弱いらしい
身体は自然に動いていた。

『っ?!え?ちょっ・・・』

「泣きたいなら泣けばいい」

『っ、はじめくんには適いそうにないや』

俺の腕の中で固まっていた身体の力を抜いた彼女の身体に回した腕に力を込め

改めて思ったのだ

傍で。

(彼女を守りたいと )

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