斎藤 長編 | ナノ


体育館特有の暑苦しい熱気が漂う中、終業式が行われる
ほとんどの生徒は、終業式など興味がない様子で明日からの夏休みを心待ちにしているかのように浮き足立っているのが目に見えるほどわかった
夏休み明けの服装検査を強化せねば、と考えていると隣にいる総司は、いつもの悪戯をするときの笑みを浮かべ斜め前にいるなまえを眺めていた

「総司、何を考えている」
「んー、土方先生って話長いなー位かな?ね、なまえちゃん」

そう総司が声をかけると不思議そうに首を傾げながらこちらを振り向くなまえ。

「土方先生今日も元気だね!」
『興味無いからあんなおじさん!』
にこっと笑っているのに黒いオーラがだだ漏れになりながらも顔を元の位置に戻すなまえを見て総司は声を抑えながらくつくつと笑っていた

・・・何かあったのだろうか?

「なまえちゃんね、土方先生と喧嘩中なんだよ」
「ああ・・・」
「理由、聞かないの?」
「今は終業式中だからな」
「相変わらず真面目だね」
そういうと総司は、わざとらしくため息をついて壇上を眺め始めた

・・・なまえと、土方先生が喧嘩するなど珍しいこともあるのだな。

ちらり、となまえの方へ目を向けると長い髪を一つに上の方でまとめていて彼女が少し動く度に揺れている

つまらなそうな目を少し伏せていて可愛らしく見える
なまえの隣にいる同じクラスの男子生徒もそんな彼女の姿をちらちらと見ているにも関わらず本人は気づく気配すらない
そこが彼女のいいところであり、悪いところであるのだが
この間の休日も学校とは違うなまえに思わず動揺してしまった
そして、ショッピングモールで彼女をちらちらと見ている男が多くて、苛立ったものだ
勿論、俺に苛立つ権利などあるわけもなく
口数も減ってしまったのだが
そのような事も気にしない様子で歩くなまえには、救われた

勝と俺との関係を誤解した彼女に、思わず期待する俺もいた

ここまで、惚れるのも重症だな、と約1年の片思い期間に思わずため息がでそうになる

土方先生の話の途中で、総司がつまらないと呟いて帰りそうになったことを除けば終業式は問題なく終了した

「あーあ、夏休みも何が楽しくて土方先生の顔見なきゃいけないのさ」
「土方先生は顧問であるからな。」
ため息をついて歩く総司の視線の先には早くも浮かれた男子生徒数名を怒鳴る土方先生の姿。

「あははっ、なまえちゃんと喧嘩したからって機嫌悪すぎじゃない?あの人」

「土方先生とて、人間だ。機嫌の悪い日もある」

「あ、なまえちゃん!」

総司の目線の先を辿れば、平助と千、雪村と話しているなまえがいて
丁度なまえが楽しそうに平助の頭をわしゃわしゃと撫でている姿に思わず場面を目撃してしまい心の奥から溢れ出るどす黒い感情を隠しきれなかった

「・・・いっつも思うんだけどさ、一くんって束縛強そうだよね」
「っ・・何を急にいいだす」
「なまえちゃんが他の男とああやって仲良さそうにしてるとき、いっつも顔歪めてるじゃない」
もしかして無意識?なんて、くすと笑みをこぼす総司に言われ少し動揺する

「あははっ、そんなしょぼんとしないでよ」
「していない・・」

「おい、斎藤!ちょっといいか?」
「土方先生、なんでしょうか?」
「風紀委員の事なんだがよ、今日大量に書類渡されてな・・・出来れば今日中に提出してもらえねぇか?なまえを使っ・・」

なまえ、と言う名を口にした途端土方先生はバツが悪そうに目を逸らし頭を軽く掻いていた

「・・・わかりました。なまえには俺から言っておきます。」
「わりぃな・・・あとよ、斎藤。」

「・・?なんでしょうか?」
「おまえら、付き合ってんのか?」

「・・・は?」

「・・いや、お前となまえは、付き合ってんのか?って、な」

驚いて声が出ないでいると、総司の笑い声がとなりから聞こえた

「ちょっと、土方先生。まだ疑ってるんですか?なまえちゃんがあんなに、怒ったのに」
「うるせぇよ、しかも、あいつが怒ってんのは俺の態度だろうが」

「そりゃあんなにしつこく問い詰めれば誰だって怒りますよ」
・・・つまり、整理するとなまえと土方先生の喧嘩の原因は、元はといえば俺にあるわけだが、なまえが怒っているのは土方先生の態度が気に食わない、ということなのだろうか?

「・・・で、どうなんだよ?」

気まずそうにしていた土方先生の目と視線があった。

「おれは、付き合ってなどいません」

そう告げると土方先生はため息をついてすまねぇな、と謝りながら廊下を歩いていった

「馬鹿だよね、土方先生も。」
「それくらい、なまえのことを大切に思っているのだろう、早く教室に戻るぞ総司」



『あ、一くんおかえりー!』
「ねぇ、なまえちゃん僕にはおかえり、ないの?」
『ない!』
「相変わらず清々しいね君」
『褒め言葉ありがとう』

教室に戻ればいつもの調子のなまえがいて
思わず安心する。

「なまえ、今日の放課後は風紀委員の仕事を頼めるか?」
『んむ?別にいいよ』
「では頼む・・俺も手伝う故、早く終わらすとしよう」
そう言うといつもの笑みで頷くなまえ

「おら、SHR始めるぞ」
教室に入ってきた原田先生の一言で各々が席に着き始める
夏休み中の注意、夏休み明けに提出する課題などの話を終え荷物をまとめ風紀委員室に向かうと既にそこにはつまらなそうに頬杖をつきながら外を眺めているなまえがいた

「姿を見かけぬと思ったら早いな」
『あははっ、先回りしてみちゃった』
そう言って笑う彼女にため息をつきながらも書類を渡すと真面目に仕事をし始める

仕事をしている最中も口を動かしてはいたが。

他の女子ならば、黙って仕事をしろ、と言うところだが彼女の話を聞くのは嫌いではない
むしろこの時間が長引けばいい、とさえ感じる俺がいた

ふと沈黙が訪れる。

「・・・土方先生と仲直りされたのか?」
『んー、一応めーるはしたけどトシ兄メール開かないからまだみてないんじゃないかな』

くすくす、とおかしそうに笑うなまえをみて完全に機嫌が直っていることに少し安堵している俺がいることに気づく。

「・・・早く仲直り、できるといいな」
『ふふ、ありがとはじめくん』
少しきょとん、としながらも微笑む彼女をみて素直に綺麗だ、と思い目をそらした

『おーわったーー!』
書類を渡してから数時間後
空は既に茜色に染まっていた
「助かった・・礼を言う」
『んーん、はじめくん、アイス一個でいいよ!』
「それは奢れということか?」
あきれ顔を作って見せてため息をつきながらも了承する俺は彼女には甘い質らしい

「俺は、書類を提出してくる故あんたは先に脱靴場に向かってくれ」
と、告げ職員室へ急いで向かい書類とめーるの件を報告したあと早歩きになりながらも脱靴場へ向かう途中、男子生徒二名が廊下で話しているのを見かけた

「みょうじさん、今一人だぜ?チャンスじゃねーか」
「でも、俺話したことないしさ」
「それでも、みょうじさん一人なことってあんまりないし狙うなら今だろ?」

「・・・何をしている?下校時間が迫っているなるべく早く帰れ」

そう声をかけた俺は、なまえをすいている男子にどう見えたのだろうか?

きっと、良いようには見えないのだろう

『あ、はじめくん遅い!』
「すまない・・」
『高いやつ奢ってね』
そう言っていつものように笑うなまえを見ながら少しだけ罪悪感がわく
俺は、あんたの恋の芽を潰したのだ
すまない、と心の中でつぶやいた

知らないままで。
(気づかなくてもいいから、もう少しだけこの距離を保たせてくれ。)

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