春の匂いと夜の桜
だいぶ暖かくなった空気に、花の匂いが香る。
校舎から出て少しの所で、夕方のオレンジの日差しが射す中で目を閉じてその空気に浸っていると、肩を叩かれた。
目を開けて振り向くと、夕日の色を柔らかく反射させる白く長い髪の獏良くんがニコリと笑ってそこにいた。
「あ、獏良くん。…あれ、みんなは?」
彼の後ろを覗くけど、そこに遊戯くん達の姿はなかった。
「まだ学校に用事があるんだって。だからボク先に帰る事にしたんだ。」
「そっか。忙しい時期だもんね。」
「…えっと、それでさフィオナちゃん。よかったらボクと一緒に帰らない?」
そういえば、獏良くんと二人きりで帰ることは今までになかった。いつもは遊戯くん達とぞろぞろ歩いて帰っていたからだ。
「…うん。いいよ、一緒に帰ろう」
たまにはそういうのもいいと思い彼の誘いに乗って、一緒に肩を並べて道を歩く。
「ところでさ、フィオナちゃんさっきボーッと立ってたけど…どうしたの?」
「春の空気を感じてたの。」
「…春の空気…かあ…」
獏良くんは立ち止まり、さっきの私みたいに目を閉じる。
「なんだかいい匂いがするね」
「うん。お花の匂いとか、身を包む暖かい空気とか…桜も咲いたよね。いい季節になったよ」
「桜かあ…」
獏良くんは閉じていた目を開く。そしてふと「そうだ!」と声を上げた。
「夜にさ、桜見に行かない?夜の桜も綺麗らしいよ?」
そういえば、夜桜は見に行ったことがないかも。
「いいねそれ。…明日は学校休みだし、今日の夜にでも行く?」
なんていきなりかな、とはにかんだけど彼は、
「うん!ボクもそれでいいよ〜」
ニコニコと頷いた。ちょっと驚いたけど私も微笑んで、どこの桜を見に行くとか二人で予定を立てながら家に帰った。
行く場所は童実野町で有名な桜並木。集合時間は夜の8時。
「こんな格好でいい…かな」
晩御飯を食べた後、私は外出用の服に着替え鏡の前でくるりと一回転する。
この服に決まるまで何着も着ては脱ぎを繰り返した。その証拠に部屋には色んな服が散らばっている。
だってなんとなく緊張しちゃって。綺麗な獏良くんの隣に並ぶならちゃんとした格好しなきゃいけないかなって。
…デート前の女の子ってこんな気持ちなのかな?…あれ?今私が行こうとしてるのもデート?
「デー…ト…」
口に出して呟くと顔がボッと熱くなる。ダメだきっとそんなんじゃない。獏良くんはそんなに深い気持ちもなく、ただ夜桜を見ようって誘ってくれただけなんだ。
私は熱くなった頬を冷やすように、家を飛び出した。
時間はまだまだ余裕があるけれど、桜並木まで走って向かった。
「ハァ…ハァ…」
桜並木まで全力で走って来たから、膝に手をついて必死に息を整えた。
段々呼吸が楽になってきて顔を上げると、周りには人がちらほらいたようだ。その中にはカップルもいた。
そして上を見ると、電灯に照らされた満開の桜が…
「フィオナちゃんっ」
とん、と声を掛けられながら肩を叩かれ、振り向くと私服姿の獏良くんがいた。
「ごめんね待たせて。でもまさかフィオナちゃんが先に来てるとは思わなかったな。ずるいなぁ、一人で夜桜満喫しちゃって」
ぷう、と彼は頬を膨らませる。
「私もさっき来たばかりだからそこまで満喫してないよ」
「そう?そっか。」
獏良くんは機嫌を直したようにいつもの表情に戻る。そして、「しばらく歩いてみようか」と歩き始めた。
「周りは暗いけど、電灯に照らされて綺麗だね」
「うん。夜の桜って初めて見たけど結構好きかも」
夜桜について感想を呟いていると、少し冷たい風が吹いてくる。
風は満開の桜の花を散らしていった。散った花びらが私達の周りを通り過ぎていく。
…うう、さすがに夜はまだ寒いなぁ。
身体を手で擦っていると、獏良くんは私の様子に気付いたみたいで「大丈夫?」と声を掛けてきた。
「大丈夫だよ、このくらいは」
「まだ夜は寒いね…あ。」
獏良くんは何かに気付いて、私の頭に手を伸ばした。
「獏良くん?」
「桜の花びらが髪についてたから、ほら」
彼はそう言って、自分の手の中にある薄いピンク色の花びらを私に見せた。
「あ、ありがとう。」
「どういたしまして。…あ、そういえばフィオナちゃんの服も桜みたいな色だね」
獏良くんに言われ、自分の服に視線を落とす。桜のようなピンク色のスカートが、まだ少し吹いている風に揺れている。
「う、うん。…何だろ、桜見に行く事意識したからかな?あはは…」
そう笑って頭を掻いていると、ぼそりと獏良くんが何か言った。
「……い…」
「え?」
「…かわいいな…って」
「スカートが?」
「違うよ、フィオナちゃんが。」
「え」
私は言葉を失う。
…獏良くんにかわいいって言われた?私が…!?
ぶわぁと一気に身体の熱が上がる。きっと顔は真っ赤に違いない。
「ば…獏良くん…」
もう何が何だかで、彼の名前を呟く事しか出来なかった。
すると獏良くんは私の手を掴んで、桜並木の道から外れた人のいない場所に連れて行く。電灯は少し離れた所にあって、薄暗いけれどなんとなく獏良くんの頬が赤く染まっている気がした。
「ボクもね、自分で言ってて照れちゃった。」
彼は恥ずかしそうに笑っていた。
…けど、さっき掴まれた手は今もずっと彼に握られていて、緊張が解けない。
「…あのさフィオナちゃん、ボクずっと…ずっと言いたかったことがあるんだ」
獏良くんの綺麗な瞳が私を見つめている。
真剣な目で、じっと見ている。
その綺麗な瞳から目が離せなくて、ゴクリと私は息を飲んだ。
「ボクは君が好きなんだよ」
ふわりとまた風が吹く。けど今度は寒くない。
だって、獏良くんの想いに応えるように彼に抱きついたのだから。
(好き!私も獏良くんの事、好き!)
(フィオナちゃん…!ボク嬉しいよ!)
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段々暖かくなってきたなーと思って春をテーマに獏良夢。
ほのぼのさせるのが似合います、獏良くんは。