列車の旅






ガタンゴトン


身体を左右に大きく揺らしながら走る列車は古いもので、私がちょうど今眺めている窓にも錆や汚れが目立つ。

さっきまでキラキラと輝く海からの白い波が押し寄せる海岸が見えていたけれど、汽笛の音が聞こえて窓の外は真っ暗になる。トンネルに入ったんだろうな、真っ暗なだけじゃつまらないな、早くこの暗闇が消えないかな。
そんな事を思いつつその暗闇をボーッと見ていると、ギシギシと床が軋む音が聞こえ、私の座席の前でそれは止まり、私に何の言葉も掛けずに向かい側にどかりと(わざと大きな音を立てて)図々しく座ってきた。

そこでやっと窓から目を背けそちらを見ると、トンネルのように真っ黒いコートを羽織り白く長い髪をした彼はいつもの得意げな笑みを浮かべ「よお」と挨拶をした。


「バクラ、久しぶり。」


私からも微笑んでそう返すと、バクラは「そうかもな」と言った。こうして一言、二言話してはぶつりと終わる会話すら懐かしい。


「バクラはさ、どこまで行くの?」


ふとそう聞いてみた。けどバクラは一言「さあな」と答えるだけ。それはそうだ、私すら自分がどこに行きたいのか分からない。よく考えれば当たり前の返答だったのかもしれない。
ごめんね、と小さく謝ると、バクラは笑みを引っ込めて私の目をじっと見つめた。


「フィオナ、お前は……いつまで乗ってんだ…?」


「私も分からない」


首を緩く横に振る。


「この窓から色んな景色を見てきたよ、銀の魚が跳ねる川とか、色とりどりの花が咲くお花畑とか、さっきは海が見える海岸を見たよ。」


「へえ、そんなに色がある世界なのか」


「あれ、バクラは見てないんだ」


「オレ様が来たのはついさっきだぜ」


「そっか。もったいない。」


そう言ったらバクラは、頬杖をつき窓を見た。新しい景色は見えない。
まだトンネルの暗闇が広がり、窓が鏡のように私達の姿を映す。


「…トンネル、抜けないね。ずっと真っ暗でつまらない。」


「……きっとオレ様が行く所も、そんな真っ暗でつまらねー場所だろうよ」


「そうなの?…さっきはどこに行くか分からないって言ってたけど、本当は分かるの?」


「なんとなく、…いや、確実に、かもな。闇に還るだけだ」


じっとトンネルの闇を見ている彼は、黒いコートを着ているせいで余計、闇に溶け込んでしまいそうだった。
また一人でどこか、いや…彼が言うには闇。そこに行ってしまうんだろうか。


「寂しくないの?」


しばらくガタンゴトンという音を聞いて、口から出た言葉はそれだった。

そうしたら彼は笑った。…けど私には笑っているのにどこか泣いてるように感じた。


「馬鹿、寂しいわけあるかよ。闇に還る前にフィオナとこうして会えただけでも結構な収穫だぜ」


嘘だ、本当は寂しいんでしょ。わざわざ私のことを話題に出すって事は。


「バクラ、」


私は向かいにいるバクラにそっと抱き着いた。
ああ、こうやって触れ合うのも久しぶりだったね。


「なんだよ」


前に抱き着いた時は顔を真っ赤にしながら私を振り払ったのに、今は彼も私を抱きしめ返し、背中を撫でている。


「私も一緒に行っていいかな?二人なら、つまらなくないでしょ?」


バクラが寂しそうだったから、なんて言わない。
あくまでも私がついて行きたいんだ。
そうやって彼に言わなきゃ、彼のプライドに傷をつけてしまう。


「……そうだな。連れていってやってもいいな。暗いからって泣くなよ?」


「バクラと一緒なら泣かないよ」


そうかよ、と嬉しそうな声を上げた彼は私の頭を優しく撫でてくれた。あぁ、あったかくて頬がニマニマと緩んでしまう。
やがて列車はゆっくりスピードを落とし、真っ暗闇の途中で停車する。
まるで私達に降りろ、と言っているように。


「さて、行くぜ。」


「うん」


一緒に手を繋いで、降車する。
全ての光を吸い込んでしまっているようなここは、空も床も、目の前も真っ暗だった。
気付けば列車はいなくなっていて、真の闇が私たちを包んでいた。
けど、お互いの事は見える。まるで私たち自身が発光しているみたいに。


「お前、なんか明るいな」


「それはバクラもだよ、あなたの姿がちゃんと見えるよ」


「…不思議なもんだねぇ」


さぁてどこまで行こうか。

二人でどこまで続くかも分からない闇を歩き始めた。





――――――――――


メモにあったバクラ夢。電車乗ってるときに思いついた夢でした。




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