見渡せば君 | ナノ


繋がり  







「ドジ踏まなかったな」

「うん。踏まなかった」


植物への水やりを無事に終えてしまった貴崎は得意顔で俺の隣を歩いている。てっきり転んで頭から水でも被るのかと期待していたのに、残念だ。わざとらしく露骨に悔しがって見せると、貴崎は先程ではないが再び口を尖らせ、ブツブツ文句を言っていた。
ま、派手なギャグを観賞することは叶わなかったがこれはこれで面白い。退屈しのぎの代案として、俺は生徒会完全無視で貴崎と共に帰宅することになった。


「匡君、家何処?」

「駅の近く」

「へえ……ってあれ、私の家真逆だよ?」

「気にすんな」


何より暇だ。寄り道するにも金が無い。真っ直ぐ帰宅したところで、寝る以外の目的では使うことの無い自室で、一体何が出来るのか。
久々に面白そうな逸材を見つけたのだから、ここは有効に活用しなければ。
見た目雪村より危なっかしいコイツが、この先でまた良いドジっ子展開を繰り広げてくれる可能性はまだ無くなったわけじゃない。


「何か、すごく失礼なこと考えてないかな」

「お、意外に鋭いんだな」

「酷い!……えと、何処から突っ込めば……」


ハリセンを叩き込むべき箇所を指折りカウントする貴崎。おー困ってる困ってる。また込み上げるものを感じたが、しかし吹き出してしまうと再び貴崎を怒らせてしまいかねないので堪える。別に怒らせても特に問題は無えけどよ。

道中に聞いた話、貴崎は祖母と二人暮らしなんだそうだ。それ以上は特に話して来なかったので次は俺が身の上を話すターンになった。……つっても、親元離れて独り暮らしだ、程度しか内容も何も無い。
その辺まで話したところで、貴崎は唐突に足を止めた。


「ここ、私の家」


指差した先。古くもなく新くもない普通の一軒家がそこに経っていた。外観は中々綺麗で、やはりというか、門の向こうに窺える庭は綺麗に整備されている。流石園芸部長、と言ったところか。


「私が学校行ってる間は、おばあちゃんがお世話してくれるの。だから私は学校の庭をお手入れ」

「……家帰って婆さんと一緒に作業した方が良くねえか?」

「ううん、私は学校行くの。部活して帰るの」

「ふーん……」


そのとき、ガチャ、と施錠の解かれる音がして貴崎の婆さんらしき人物が姿を現した……多分、婆さんで間違いない。しかしそんなに老けているようにも見えないので一瞬固まった。下手したら母親にも、年の離れまくった姉にだって見えないことは無い。気の良さそうな婆さんだ。ただいま、と声を掛けた貴崎を笑顔で迎える。
先の会話から祖母と仲が悪いのかと思いもしたがそういうわけでもないらしい。謎と言えば謎では有るが、ま、それに関しちゃ然して興味も湧かなかったので考えるのを止めた。

さて。

帰るか。

ここに来ても貴崎のギャグはお目に掛かれなかった。本日収穫無し。結局何もすることの無くなった俺は、適当に話を付け踵を返すつもりで口を開く。が、しかし声を発するより先に貴崎のほっそい腕が俺をぐいぐいと引っ張った。
……まさか、

なんか嫌な予感がして口許が引き攣る。
そしてその予感は、ものの見事に成功するのであった。


「おばあちゃん、こっち、匡君。不知火匡君」

「あらあら、お友達?」

「うん」

「まあ!そうなの!祖母の松江です、孫娘がお世話になって、」

「あ、いや、」


おいおい紹介すんのかよ。

それだけでも十分驚かされたが、コイツの中での俺のポジションが友人枠に入っていたことにも驚いた。自分で言うのも何だが、お前こんなんで良いのかよ友達。
年寄りと会話する機会なんぞに殆ど恵まれなかった俺は、場を誤魔化す打開策を探すべく目だけで貴崎の様子を窺った。が、何故かあっちも俺を見ていて目が合う。丁度良い。何か言って話を繋いでくれ貴崎。アイコンタクトで助けを求めてみるが、しかしこの時点で頭上にクエスチョンマークを複数浮かべた貴崎基アホの権化は、途端何かを理解したように両手を打って、状況を更に悪化させる案を提出してくれた。


「匡君、ご飯食べてって」

「は?」

「だいじょぶ。私料理はドジしないから」

「おい待てそう言う問題じゃ、」

「あら、良いわね羽織。是非そうしましょう」

「……悪ィ貴崎、俺用事が有、」

「嘘。さっき暇って言ってた」

「……」


畳み掛ける勢いで話が転がり、結局貴崎の家に邪魔することになった。コイツのぼけっとした性格は婆さん譲りなのかもしれないと胸中で恨み言を吐いてみる。

……ま、それも悪くないかもしれない。

まだ貴崎のドジ展開に希望が持てるわけだ。別に断る理由も無い。
腹も減ってるっちゃ、そうであるわけだ。











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――俺がコイツの『友達』ってことになってるんなら、

――こんな日常だってアリじゃねえの?


そんな声が聞こえた。





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