見渡せば君 | ナノ


少しクリアな世界  




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「貴崎さん、貴崎さん」

「ん……あ、わ、わたし?」

「うん。ねえ貴崎さん、体育祭のとき大丈夫だったの?」

「え、な、何が、かな」


珍しく。

好奇の目、というものには慣れてる。でもこういうのは初めてでちょっとびっくりした。クラスメイトが二人、私の席まで移動してきて話し掛けてくれた。心配の目にも慣れてるけど、どっちも混ざった眼差しっていうのはあんまりないから戸惑う。でも皆、普段からそれほど喋ったりしない私が体育祭であんなに大声出してたから不思議がっているのかもしれない。そう思うと納得も出来た。
……多分。

私達の会話が聞こえたのか、クラスの一部が少しだけ静かになって、こっちに耳を傾けているみたいだった。その人達も二人と同じように、好奇と心配の折り混ざった視線を投げ掛けていて、ちょっと、怖い。
でも、嫌な意味の視線じゃないから、頑張って喋らないと。
ポツポツと質問を重ねる二人に向き直って、私は真正面からの会話に挑戦することにした。


「あの、担がれたりして、お腹痛くなかったの?」

「あの人、生徒会の……怖くなかったの?急に名指しされたりして」

「う、うん。怖くないし、痛くなかった。あの人、友達だから」

「で、でも……」

「泣かされてた、でしょ?あのとき。だから皆びっくりしてて……大丈夫なのかなって」

「感動してたの。匡君、私が勝ちたいって言ったら頑張ってくれたから、感動。匡君は慰めてくれてただけだよ」

「へ、へえ、そうなの」

「意外ね。不知火先輩、優しいとこ有るんだ」

「うん。意地悪だけど、優しい良い人」


私が笑ったら二人とも納得してくれたみたいで、それなら良いの、と席を離れていった。去り際に『次体育だよ』って教えてくれる。お礼言って、立ち上がったらクラスがまた元のざわめきを取り戻した。やっと慣れない視線から解放されて、制服のまま手ぶらで早足に教室を出る。
体育は、見学。
あの日、匡君が夢を見せてくれた時間は終わって、またいつもの日常が戻ってきた。

でも。


「原田先生、手伝います」

「よう羽織。相変わらず元気だな」


終わったけれど。

終わっただけではなくて。

私が元気で居ることを相変わらずだと言ってくれる原田先生。次の体育の、創作ダンスに使うスピーカーを運んでいる最中だった。手伝います、と言っても力仕事は難しいので、彼が小脇に抱えているクラス名簿と体育館の鍵を預かった。そして。
サンキュ、と変わらない笑顔を見せてくれる先生は、柔らかな優しい口調で私にこう尋ねたのだ。


「――最近楽しそうだな、何か有ったのか?」


いつもの日常も、いつもの風景も、いつもとちょっと違う人間関係も。
前みたいに黒くない。前みたいに、重くないのだ。
関われない、関わりたくない、でも関わってみたいと思っていた。そんな考えが、ちょっと変わった。
参加したくても出来なくて憎かった体育祭に、ゲストって立ち位置にでも出場できたから。だからひょっとしたら日常(こっち)にも何か楽しいことが有るかもしれないって、そんな希望を持てるようになったのだ。
自分から干渉する勇気は、まだ無いのだけれど。


「さては恋でもしたか?」

「ううん。違います」

「ん?そうなのか?」

「はい。でも、楽しいです。特に何も無くても」


気持ち次第で、変わるものだと。
少し違和感がくすぐったいけれど、でもそれは、心地良い違和感だった。










少しクリアな世界



「なんだ……アイツ、結構本気なんじゃねーか」

「へ?」

「ん、いや、独り言だ」


良くわからなかったけど、先生も何故だか上機嫌だった。





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