見渡せば君 | ナノ


コース外からの来客  







さて。
次は愈々種目X、例の借り物競争である。さっき行った『手続き』により先の展開は読めているが、しかし読めているからこそヘマをするわけにはいかない。
貴崎はちゃんと来ているだろうかと応援席を見渡し、しっかりその間抜け面を確認して安堵した。さっきピストル代行して借り作った教師とクラスメイトの男巻き込んで、仕込みはバッチリだ。抜かりねえ。
面倒もたまには引き受けてみるもんだと、柄にもなく思ったりした。まあ、柄じゃねえのは今に始まったことでもないが。

因みにこの借り物競争、端から勝つつもりは無かったりする。他の種目で大量に点稼いでやったんだからひとつくらい抜いたって構わねえだろう。俺には体育祭の勝ち負けなんぞより重大な使命が有るのだ。今限定で。
ま、ただの自己満足と言っちゃ、そうなわけだが。
一年のリレーをトラックの内側から眺めながら、ハチマキを絞め直す。


「……っし」

「おっ、王者が何か気合い入ってんぞ」

「マジか。期待してるぜ、不知火!」

「バーカ、お前ェらのためじゃねえよ」


あくまで、自己満足の範囲内だ。
種目開始の笛が鳴りピストルの音が響く。俺は二列目なので番はすぐに回ってきた。位置についてー、と間の抜けたピストル班の声を聞きつつ、合図を待つ。
代行で鳴らしすぎてスッカリ慣れた銃声を聞き、俺は数メートル先のカードを列の誰よりも早く手にして開いた。
借り物の内容は俺が指示した通りに書き換えられている。つまり中身を見るまでもないわけだが、手違いが有ったら困るので一応流し目に確認した。

カードに書かれた借り物の名は、

『園芸部の部長さん』。


「――――貴崎羽織ッ!来いッ!」


応援歌の練習するより大音量で、久々に腹から声を出した。










コース外からの来客










「ええっ!?」

『おーっと!青組の選手の借り物は園芸部の部長さんだ!園芸部の部長さん、いらっしゃいますかー!?』

「あっ、は、はい!居ます!居ます!」


放送部のマイクに律儀に答えて居ます!を繰り返す貴崎。元気なのは良いことだがそうじゃなくてだな。
こういうときは、呼ばれたらすぐこっち来るもんなんだよ!
阿呆丸出しの『部長さん』をこっちから迎えに行く。端から勝つつもりは無いと宣言はしたが、早く来てくれねえと競技が進まねえし、何よりその敗北宣言は貴崎からの返答によっては覆さなければならないからだ。
もし貴崎が勝ちたいと言えば、勝負が見えていたとしても最低限の努力はするつもりだった。そのためにもここで、少しでも勝率を上げておかなければならない。さっさと貴崎を借りに行かねえと。

『あわよくば』ってのは誰でも考えちまうモンだろ?


「貴崎!こっちだ馬鹿!」

「えっ、ああ!うん!」

『園芸部の部長さん無事選手と合流!まだ借り物を手にして居ないのは黄組と――』


アナウンスが別の選手の借り物を詠唱し始めるのとほぼ同時に走り出す。未だ状況がわかっていないらしい貴崎は何度も俺の名前を連呼していた。周囲が騒々しく互いの声が届き辛い中、大声で。
それだけで体力消耗しちまうんじゃねえのか、ってくらいヒョロい体格なのに、一所懸命にコースの内側を走りながら。


「ね、ねえ匡君!なんで!?」

「さあな!偶々だろ!それより貴崎、お前勝ちたいか!?」


見たところ一番着とはそう差が開いていない。後ろはまだ借り物でごたついてるっぽいし抜かれることはなさそうだ。
貴崎が勝ちたいと願えば、叶わないでもない距離。頑張れば、それから、貴崎の体力が持てば。
あと……例によって貴崎がドジ踏んだりしなければ。
さあ、どうする。決めろ貴崎。


「か、勝ちたい!勝てるなら!」


――そう来なきゃな。

自分でも口元がニヤついているのがわかった。面白い。ここからの巻き返しは不可能でもないが、それなりに難易度が高いことも確かだ。
やりがいのある丁度良い難題。
退屈なだけだと思っていた体育祭だが、目的ってもんが変わるだけで一気に楽しくなって来やがった。

しかし一位として疾走してる奴は、借りてきたモンが同じ組のハチマキという至ってシンプルなもので、走る足にも全く支障を来していない。それに対しこちらは人間二人が手を繋いで走っているわけで、それなりに不利な格好では有るのだ。このままのペースでは追い付きようもない。
俺は咄嗟の判断で一旦スピードを落とし、右の肩の上に貴崎を『担ぎ上げ』、少し落ちたペースを徐々に上げていくことにした。


「貴崎!辛かったら言えよ!」

「え……ひゃあっ!?」

「突っ切るぜェ!」

「ま、待っ、えええええっ!?」


軽かった。
ガキでも担いでんのかってくらい、体重を感じない。
一位の奴は別段足が早いわけでもないらしく、借り物を手にするのが早かったってだけの理由であの座を占拠しているらしかった。となれば、実はそんなに難しい問題でも無いのかもしれないな、なんて考える余裕まで生まれた。右肩に乗ってるハンデが有るとはいえ俺は元々運動神経の良い方で、更にそのハンデが大したことのないハンデであったことも上乗せして、追い上げるまでにそう時間は掛からない。
貴崎を落とさないよう、また痛みを感じないよう気を遣いつつ何度も地面を蹴った。

結果は。


『一位青!二位緑!三位紫!黄と赤動き出した!さてどちらが、』

「っしゃああ!」

「わ、わああっ!」


大人三人分並んだ程度の距離を引き離して、俺達が勝った。


「すごいよ!すごいよ匡君!わーっ!わああっ!」

「はは!ったりめーだ!走りで俺様が負けるかっての!」

「うん!すごい!すごいよ!一位だよ!」


興奮しきった貴崎は最早、すごい、一位だ、わーっ、意外話せねえ様子。やっぱちょっと負担掛けちまったのか、下ろした瞬間地面にへたりこんで居たがその状態のまま喜びを体現しようとしていた。俺自身はなんか良くわかんねー気分だったが、そんな様子を見ていると後から後から達成感がジワジワ押し寄せてくる。
正直言って担ぎながらってのは流石にどうかと思ったが、貴崎の足に合わせていては転ばせてしまう可能性も有ったのでまあ妥当な判断だったと言えよう。思っていたより軽かったので元の計算が無茶苦茶でも気合いで何とかなった。


「どうだ貴崎!気分は!」

「うん!さいこー!」


予想以上の戦利品をゲットして、気分は中々に爽快だった。





prev / next

[ list top ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -