「不知火、次玉入れ頼んだ!」
「不知火ー!長堀が怪我した!アンカー代理してくれ!」
「おー不知火、良いところに来たな。先生腕が疲れちゃったんだ。お前生徒会なんだし、合図係、やってくれるよな?」
ふざけるなと言いたい。
その昔、体育祭なんぞのためにテンション上げて体力を無駄に浪費していた不知火匡という男の武勇伝は、まあ俺も良く良く知るところではあるが、それもソイツが小学4年生の頃の話。今現在当人たる俺様はこの恒例イベントに対し、やる気どころか退屈以外の何を感じることも出来ない仕様に成り下がっていた。あちこちから助太刀求ムの声が上がり尽く指名されたところで参加する気など起きるはずもない。寧ろ更に生命力が削がれていくにも関わらず、俺はアレヨアレヨと言う間に数人のクラスメイトに腕を引かれ、騎馬戦の長に仕立て上げられてたり、リレーの襷を背負わされたりしていた。
何なんだよ毎年毎年。
しかも最後の何だ、徒競走のピストル係だ?教師の癖に怠けてんじゃねえよオヤジ。
そんなわけで今現在、××小学校卒の『元・運動会の王者』はヘロヘロになりながら例の裏庭に逃げ込んでいた。鍵が掛かっている可能性も有ったので、適当に近くの窓から。
「はああー、ダリィ……」
「おつかれさまー」
「おう。……って何で居んだよお前は!」
バシッ
「……いたい」
「ったく、暇そーで何よりだ」
ジョウロ片手に花の世話を焼きながら、労いの言葉を口にした後輩の頭を軽く引っ叩いた。
何やってんだこんなトコで。
いつもと全く同じ光景を目にして毒気を抜かれた。脱力して疲れが重なった一方で先までの不満だとか、不足だとかが一気にどうでも良くなる。
まあでも確かに、通常運転で、どっか抜けてる貴崎が、体育祭なんて一大イベントを端からスルーしてここに居た、という事実に違和感が無い。強いて違和感を挙げるなら、今回貴崎は制服ではなく体操着+ハチマキといった装いであること、くらいしか思い当たらなかった。
「大活躍だったね、匡君」
「あ?……何だ見てたのか」
「うん。格好良かった」
「そりゃどーも」
そういうお前はここに来るまでの間、何処で何してたんだよ、と言い掛けて口を噤む。大方、コース外の木陰で見学でもしてたんだろう。身体弱いんならそれも当たり前か……何にせよ俺としちゃ面白くない。
やること無くて暇を持て余していて、結局いつもの落ち着いた場所で自分の好きなことやってるわけだ、コイツは。羨ましいことこの上なかった。
と、そこで気付く。
「……場違いだな、それ」
「あ、バレた」
マリーゴールド、と書かれた花壇の裏に隠れるようにして置かれた黒い塊。その黒より何回りも小さな白と対になっていて、それが何かと察するまでに然して時間は掛からなかった。男なら誰でも馴染みの有るアイテムだ。
野球ボールとグローブ。
何故かこの裏庭に、それも発芽していない花の後ろに転がっている。
「なんだ、お前一人で野球してたのかァ?」
「うん。やる気満々だったけど、一人じゃ無理だった」
「ったりめーだろ。しかも左利き用だしよ、これ」
「え……あ。」
俺の記憶が正しければ貴崎は右利きである。
「まーたやらかしやがって。くくっ、」
「で、でも、左でもできるよ。多分、なんとか」
「一人でか?」
「……匡君って、結構、意地悪だと思うの」
「ハッ、今更かよ」
つまるところ、貴崎は野球がしたかったのだろう。野球でなくとも、運動になるものならなんでも……否、厳密には。
『体育祭に、参加したかった』
ってところか。
俺にとっては今回に限り、羨望の対象である貴崎。逆に貴崎にとっては、俺が。婆さんの話じゃ生まれつきこの調子みたいだし、多分ロクに参加出来た思い出も無いのだろう。何でまたそんな面倒なイベントに首を突っ込みたがるのか、理解できない……なんてことを言うつもりはないが。
俺だって昔、楽しむ側の人間だったのだ。王者だなんだと謳われるレベルで、他の人間よりも一等、全力をもって楽しんでいた。今でこそこんなザマだが、貴崎の気持ちが推測出来ないほど馬鹿じゃない。
……はあ。
しゃーねえな、ったくよ。
「むー」
「そう拗ねんな、ガキじゃあるめーし……ちょっと待ってろ。すぐ戻る」
「……え、何処か行くの?」
「すぐ戻るって。良い子にしてろ」
さっと身を翻して裏庭を後にする。
ここは俺様が一肌脱いでやろうじゃねえか。
貴崎の『友達』として。
本日二回目の裏庭で
生徒会の権限を利用して『手続き』を完成させた後、運動場の倉庫からグローブをもう一つ拝借して裏庭に戻った。貴崎は目を輝かせて、意気揚々と『ばっちこーい!』なんて叫んでいた。
あまり体力を使わせないようボールをコントロールしながら、会話する。
「お前さ、」
「ん?」
「午後の借り物競争、絶対見に来いよ」
「え、なんで?」
「なんででもだ」
「……う、うん。わかった」
了承しながら有らぬ方向へボールをぶっ飛ばした貴崎を、思い切りからかってやった。
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