迷いの森と黒い狼(BotW)
無邪気なこどもの笑い声がした。じわじわと白んでいく視界に反射的に目を閉じ、ゆっくりと開く。さきほど何度も見た景色だ。また戻って来てしまった、とリンクは心底面倒そうにため息をついた。手に持ったたいまつは風もないのにゆらゆらと揺れている。
チャリン。聞き覚えのある鎖の音と、軽やかな足音。霧であやふやな向こう側から走ってきた影に、リンクはひらひらと手を振った。
「……お前は戻されないんだな」
手を伸ばせば届く距離まで近づいて、黒い狼は立ち止まった。そのまま何も言わずにリンクを見つめている。リンクはすこしの苛立ちを顔に出しながらしゃがんで狼に視線を合わせた。
「なんでだろうね、やっぱり人間じゃないからかな?」
リンクの言葉にぴくりと耳を動かした狼は、一瞬顔を顰めたように見えたがすぐに背を向けてしまった。と思えば顔だけこちらを振り返って一声吠えるとゆっくりと歩き出す。リンクは首をかしげながらたいまつを持ち直して一歩足を踏み出した。
「案内してくれるの?」
そう尋ねると狼はこちらを一瞥して、それからはリンクを見ようともせず一直線に歩いていく。1m先すら見えない濃霧の森を炎が照らしている。まるで誘うように狼の進行方向と同じ方向に揺らめいていた。少しずつ、視界が明るくなっていく──
からからときのみを振った時のような音が木々のいたるところからリンクの耳に届く。木陰からちらりとこちらを見ているのはコログだ。かれらはリンクの視線に気づくとびくりとからだをふるわせながら素早く隠れた。
ハッと横を見ると、狼の澄んだ青い目とかち合う。物言わぬ彼はしばらくリンクを見つめたあと、ふと視線を前方に向けた。釣られるように視線の先を追うと、そこには一つの剣があった。どくりとリンクの心臓が音を立てる。自分はこれを知っている。百年前、たしかにこれは自分の背にあった。そう、あの方をお守りするため。厄災を封じるため。彼女はずぅっと、静かに自分を待っている。
まるで吸い寄せられるようにずっと剣を見つめていたリンクは、微かに隣の気配が動くのを感じで慌てて狼の方を向いた。そこには既に狼の姿はなく、微かに残る黒い魔力の残骸だけがあった。またどこかに行ってしまったのだろう。
「……本当にウルフは神出鬼没だなぁ」
やれやれと頭を掻いたリンクはもう1度、台座に収まった退魔の剣を見据えて、ゆっくりとその足を踏み出した。
20170707
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