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※人を選ぶ内容かもしれない
リンクとマリオとピカチュウとマスターハンド
綿が出た。人形の身体というものは不便だと、こういう時は常々思う。破けたのは利き腕。これでは自分で縫い合わせることも出来ない。あとで誰かに頼まなければ。と言っても疲労が溜まった身体は言う事を聞かず、ぱたりとソファに倒れ込む。目を閉じるだけの動作もどこか億劫で、すぐに視界は黒に染まった。
「……なんて格好して寝てるんだい」
聞き覚えのある声に薄く目を開けると、呆れた顔のマリオがリンクの顔を覗き込んでいる。その頬や帽子には縫い目。思えばかなり長くこの身体を使ってきた気がする。もし乱闘の時もこうだったら、恐らくもう自分は微塵も残っていないんじゃないかと思う。いや、その前に燃えて灰になるか。
「まだ人形と綿、だからファンシーに見えるけど、それ生身で例えると内蔵を出しっぱなしにしながら昼寝してるようなものだからね?」
「でも痛くはないんだよなー。そういうとこだけは便利だよなぁ」
おはよう、と伸びをしながら起き上がる。その拍子にぽろりと腕から綿が落ちた。この綿も、ここに来てすぐは雲のように真っ白でふわふわしていたのに、今はすこし変色してしぼんでいる。かちゃりとマリオが裁縫箱を取り出して、それ詰めて腕を出して。と言いながら針に肌色の糸を通す。その指先も継ぎ接ぎだらけだ。
「そろそろこの身体、限界かもしれないな」
「人形の身体は予想以上に破けやすいからね。そろそろマスターハンドに頼んでなんとかしてもらわないと……」
ゆっくりと人形の身体に針が通っていく。痛みはない。リンクはこの現実ではありえない感覚が妙に好きだ。ぼーっと彼の手を見つめる。
マリオの手つきは他人を縫う時はやたら丁寧だ。元々の器用さもあるのだろうが、彼の優しさも含まれているのだろう。その証拠に、自分で縫った痕は案外雑だ。リンクは正直裁縫や料理など家庭方面での手先はお世辞にも器用とは言えない。武器の手入れは好きだが。
「マリオ、リンク!」
暫し無言で腕を縫い合わせていると、開きっぱなしだった扉からピカチュウが飛び出してきた。どうしたんだいとマリオが手を止めて尋ねる。なにやらご立腹の様子。
「カービィったらひどいんだよ!さっきルイージになおしてもらったばかりなのに前足を思いっきりひっぱられてね、またやぶけちゃったんだ!」
ああ、だから二足歩行なのか。とリンクは合点がいった。ピカチュウは普段四つの足を地につけていることの方が多い。しかし今彼の右手は左手にちんまりと収まっている。ピカチュウはリンクより体が小さいから、酷い部分は糸の色なのか本当の色なのかすらわからなくなっている。動く度断面からぽろぽろと綿がこぼれそうでひやりとする。
「やっぱりマスターハンドのところに行く頃合みたいだね」
マリオは裁縫箱を片付けながら苦笑いした。物は長く使うために直せば直すほどその寿命を短くする。それは意志を持った人形の身体も同じであった。
「ああ、ちょうどいい時に来てくれた!実は新しい身体がたった今出来上がったところなんだ。」
マスターハンドはマリオとリンクの姿を見据えると嬉しそうな声色で手招きをした。ナイスタイミングと言わんばかりにふたりは顔を見合わせた。
「今度の身体は人形は人形でもフィギュアだ。もう縫い合わせる必要も無いし、イメージも十分集まったからおそらく普通の体とまったく同じような生活が送れるはずだ。」
手を切れば血も出るし、痛みで涙も出る。
そのためには世界も変える必要がある。身支度を整えるようみんなにも言ってくれ。
マスターハンドには表情はないが、心から歓喜しているのが手に取るようにわかった。おそらく彼に顔があれば、興奮のあまり紅潮しているだろう。リンクはけらけら笑いながら両手を後頭部に回した。
「うれしいけどそっかー、もうマリオとかに縫って貰えなくなるのかぁ。それはちょっと惜しいなぁ。」
「大丈夫さ!きみのことなら多分また怪我ばかりしてボクが包帯を巻くことになりそうだからね!」
マリオのちょっとした嫌味はリンクには通じず終点の冷たい空気に融けて消えた。
20160402
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