ルフレとルフレ


「あっ……!ちょっと待ってください!」
「戦に待ったは通用しないよ、ルフレ」

駒を動かす手が今だけ憎らしい。小さな盤上で行われる模擬戦はたった今彼が圧倒的に有利になってしまった。ほんの一手でここまで変わるとは。ここから立て直すのはおそらく難しいだろう。ぐぬぬとルフレは唇を噛んだ。

48勝52敗。記念すべき100回目の対戦はまた彼の策が制した。文字で見れば五分五分だが、追い詰められる回数はルフレのほうが多い。なにかイカサマでもしてるんじゃないかと疑うも、紛れもない自分が、彼がそんなことをするはずがないと断定する。
いったい何が違うのだろうか、自軍と機嫌よく笑うルフレを交互に見やる。恐ろしい人だ、絶対に敵には回したくないと改めて思う。彼は聡明で温和な人間だ。こうして向き合っていても彼が自分自身だとは到底思えない。

「私はあなたに、戦術でも実戦でも勝てないのですね」

やはり自分は少し甘いのかもしれない。ルフレは大勢の命と勝利を天秤にかけて、選ぶことができない。どうしても躊躇ってしまうのだ。駒を動かす手も、無意識に少し慎重になっていた。一方彼はすぐにその二択を割り切り、勝つために必要最小限の犠牲を出して勝利している。犠牲そのものを出さないよう臆病になっているルフレとは違う。
即座に味方を守れるように、時に無理矢理にでも道を切り開けるようルフレは剣を選んだ。その為剣の技術ではルフレは彼を上回っている。それでも男性と女性の力の差は大きいし、魔法に至っては正確さも力強さも一歩負けている。

「…軍師としては君のほうがよっぽど優秀だよ」

ルフレは一瞬だけ表情を消した。読み取れなくなった彼の感情を、しかしルフレは手に取るようにわかった。

「最小限でも犠牲者を出す、という事は次の戦いで兵力を失う、という事にも繋がる。兵力を失って次の戦いで負けたら本末転倒だ。」

「でもルフレは兵を失っても動揺することなく軍を勝利に導きますよね」

それは君だって同じだろう、とルフレは困ったように眉を下げた。手持ち無沙汰に駒を弄ぶ彼女の顔は納得がいかなそうに歪んでいる。一度こうなると面倒だ、自分のことだから良くわかる。どうしたものかとルフレは口の中で言葉を吟味する。

「君は犠牲を食い止めることを最後まで諦めないだろう?現に今の対戦でも、終盤の一手がなかったら駒数に押されて僕が負けていた。」

ルフレは優秀な軍師だ。諦めの悪さなら自分も少々自信があるが、彼女は悠々とその上を行く。その執念深さでどれだけの人々を救ったのだろうか。
ルフレはあまり悩まない。悩んでいる暇などないと思っていたから、数人の命と大勢の命を天秤にかける機会もあまりなかった。

「でも私はあなたに負けました」

「…そう簡単に自分に勝たれるわけにはいかないからね」

犠牲にする対象が自分自身でも、ルフレはあまり悩まなかった。今まで数々の人間を犠牲にしてきたのだ。自分と世界、どう考えても釣り合うことはない。重さが段違いだ。 だから葛藤することなくとどめを刺すことができた。

「ずるいです。男性だからといってここまで違うだなんて」

ルフレは上目に、彼の琥珀色の瞳を睨んだ。濁りないその目で何を見てきたのだろうか。あちこちに敵味方関係なく倒れ伏す人だったものから目を逸らすことは立場上許されない。だからルフレはどんなに辛かろうが吐きそうになろうが真っ直ぐに見つめた。彼もきっとそうだろう。
さっき手に取った彼の感情を、ルフレは大切に抱きしめて小さな小箱に入れた。暖かいようで冷たいそれは、きっと彼が零した弱さなのだろう。でもルフレにはその弱さの理由がわからない。変わらない彼の表情に、ルフレは少し苛立ちを感じた。

「…もう一回やりましょう」

なんだか彼をひどく負かせてやりたい気分になった。こんな気分になったのは久しぶりだなと密かに口角を上げる。放られた駒を元の位置に戻すルフレに、彼は肩をすくめて、でも楽しげに自らも駒に手を伸ばした。

「…ルフレ」

「はいはい」

「ぜっったい次は負けませんからね!」

101回目の対戦。好戦的な目に、君に負けているものなんて数え切れないほどあるよ、なんてルフレは言わないでおいた。

20150330

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