FGOの夢小説(天草)
2017/01/12 23:22


 海に行こうと思い立った。私が海に行く事自体はいつもの事だった。天草は、「今日は何時からいくのですか」と聞いた。予定を決めるためだろう。わたしは「今日はひとりで行く」と答えた。天草は少し驚いた顔をしていた。一瞬の事だけど――そう、時計の長い針が、50から55を示すそれまでの間だけ。天草は表情を隠すのがとても上手で、だから最初はぜんぜん分からなかったけど、今は少しだけわかる。わたしはそれを天草には言わなかった。言ったら多分、また別の隠し方に変えるんだろうって分かっていたし、別にそこまでのことでもないと思っていた。天草に最後まで付き従ったあの人にだって分かっていることなのだから。わたしは天草に曖昧に笑いかけた。天草もまた同じように。天草のその曖昧さが何を意味するのか、それはわたしにはまだ分からなかった。
 そしてわたしはひとりで海に行った。

 家に帰って「ただいま」と言うと天草が姿を見せて、「おかえりなさい」といった。わたしは少し面食らった。いつもはわたしがそれを言う側だから、なんとも言えない驚きがあった。
 だから、「何かあったの」と聞いた。
「いいえ、何も」
「そう?」
「ええ。あなたは海で何をしたのですか」
「海に行って、本を読んだよ。風が強くてページががさがさになっちゃったけど。多分もうやらない」
「そうですか」
 聞いた割にはあまり興味がなさそうだった。やっぱり何かあったんだろうなと思ったけど、聞く勇気は今のわたしにはなかった。

 わたしと天草はサーヴァントとマスターの関係だ。一応。一応とつけたのは、わたしの手に令呪もなければ聖杯の気配すらないからだった。だから天草はわたしが何かをしている間、いつの間にか居なくなっている。聖杯を探しているのだ。
 わたしは、「聖杯に願うことは、あの時と同じ?」と聞いたことがある。天草は笑った。当たり前だと言いたげだった。希望を抱えて死んだ天草は、どういう縁なのかわたしにまた喚び出されて、そして誰もが不平等な世界のままであるわたしの世界にいる。悲しかったりしなかったのだろうか。そしてそれに思うことはあったのだろうか。わたしは天草が心のうちを告白する時を待ち続けている。

 ある日天草がわたしに言った。「マスターとサーヴァントという関係である私達は、たまにマスターがサーヴァントの過去を覗くことが出来るそうです。私を見たことはありますか?」わたしは素直に「ないよ、見たいと思ったことないから」と答えた。天草の表情は変わらなかった。その表情が何を意味するのかわたしは相変わらずわからない。だから、表情が変わって欲しくて、
「天草の悲惨は、天草だけのものだと思ってるから」
 と付け加えた。
「ええ。私もそう思います」
 わたしは急に天草の弱さを見たくなった。私と同じように、弱さを見せつけて欲しくなった。わたしに弱さを見せるときは、あの時思ったように、この世界への嘆きを告白して欲しいと思った。そうはならないと分かっていても、そう思った。

 海はいつだってわたしを落ち着かせてくれる。もう何度来たのか数え切れなかった。天草も同じくらい連れ回した。天草が、「次は海の近くに住んだらどうですか」と言った。
「わたし、こうやって時間かけて来るのが好きなんだ」
 でも、とわたしは付け加えた。「天草がそうしたいなら、わたしもそうしたい」
 天草は答えに困ったように微笑んだ。いつか本当に天草が望めば良いのに、と思った。
 わたしは天草の手をつないだ。「今日は、海に入るつもりで来たんだ」波がギリギリ届かないところでわたしは靴を脱いで、そのまま水に入った。
「……冷たくないですか?」
「ちょっと冷たい」
「風邪ひきますよ」
「いいの!」
 わたしは足で水をけった。ばしゃんと音がして水がはねる。天草は海に入らずにわたしを待っていた。
 ひと通り楽しんだ後、わたしは持参したタオルで足を拭いてからいった。「じゃあ、もう帰ろう」

 わたしは天草のことが知りたかった。だから、冬の海みたいな、誰もいなくて、何か言いづらいことを言いやすい海に連れてきてきた――のかもしれない。海が好きで、天草も同じように好きになって欲しいという気持ちもあったけれど、前者の気持ちの方が、もしかすると強かったのかもしれない。
 そのまま日々は過ぎていって、ある日天草はわたしに言った。「海へ行こうと思います」
「海に?!」
「はい」
「ひとりで?」
「そうですよ」
 わたしは、この時涙が出そうなくらいに嬉しかった。天草の海へ行くというこの言葉が、わたしを理解しようとする気持ちそのものの欠片であるように思えたからだった。



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